【第54回】ストレッチの誤解~運動前のストレッチ

「試合前なんだからしっかりとストレッチをしとけよ!」

昔は良く聞いたセリフですが、「静的なストレッチを運動前に行うと、筋力・パワーが低下するから避けるべきである」ということが広まってきていることもあり、現在ではウォーミングアップで静的ストレッチを行なっていないチームも増えてきたのではないでしょうか?

本日は「静的ストレッチがパフォーマンス発揮を阻害する」ということについて科学的知見を基に解説していきます。

ストレッチの種類

まず冒頭でも述べている「静的ストレッチ」というものは、別名スタティックストレッチとも呼ばれ、反動を使わずに十数秒〜数十秒間静止したまま1つの部位を伸ばすような、いわゆる一般的なストレッチのことです。
柔軟性、可動域の向上のためによく行われていますよね。

一方、「動的ストレッチ」(ダイナミックストレッチ)では自らの力で筋肉をストレッチさせながら動かすことで、可動域の向上のみならず、①筋温の上昇②神経筋活動の活性化が起こり、パフォーマンスを向上させると言われています。

※動的ストレッチについてはこちら(Behm and Chaouachi, 2011)でレビューされています。

静的ストレッチは筋出力を低下させる

静的ストレッチ後の筋出力(筋力・パワー)の低下についての研究は数多く行われており、多くの研究でネガティブな効果(筋出力の低下)が報告されています。

中には「ネガティブな効果はなかった」「むしろポジティブな効果があった」とする研究もあるのですが、より白黒はっきりさせるためにSimicらが2013年にメタアナリシスを用いて、1966年〜2010年の間に発表されたスタティックストレッチに関する研究を統合して分析しています。

解析結果

集められた研究は104個。
静的ストレッチ後の測定を
・筋力
・パワー
・その他のパフォーマンス
に分けてそれぞれ分析しています。

結果は
変化率(95%信頼区間)
で表します。

※95%信頼区間:介入結果の95%がこの範囲におさまりますよの区間

筋力

全体
-5.4%-6.6%-4.2%

アイソメトリック
-6.5%-8.3%-4.6%

ダイナミック(コンセントリック、エキセントリック)
-3.9%-4.8%-2.9%

筋力発揮においては収縮様式に関わらず静的ストレッチはネガティブな影響を及ぼすようです。

ダイナミックなものに比べるとアイソメトリックのほうがその阻害効果は大きいようです。

パワー

-1.9%-4.0%~+0.2%)

95%信頼区間にポジティブな影響も少し含まれていますが、おおよそネガティブな効果を与える可能性が高そうです。

ちなみにここで分析されているパワーには垂直跳びは含まれていません。

その他のパフォーマンス

RFD
-4.5%-9.8%~+0.8%)

ジャンプ
-1.6%-2.5%~-0.7%

スプリント
-1.6%-2.6%~-0.5%

スローイング
+0.2%-2.3%~+2.7%)


Simicら(2013)より

ジャンプやスプリントに関しては一見阻害効果は小さそうに見えるものの、1.6%の違いといえば単純に100m走のタイムで計算すれば10.00秒と10.16秒の違いになります。とんでもない差ですよね。

また95%信頼区間がすべてネガティブな影響の範囲に収まっており、ほぼ間違いなくパフォーマンスの阻害効果があるようです。

また、スローイングについては95%信頼区間にネガティブな効果もポジティブな効果も幅広く含まれています。

これはスローイングに関しては、静的なストレッチなネガティブな影響もポジティブな影響も与えているため、被験者によってその影響のバランスの大小からこのような結果になったと考えられます。

まずネガティブな効果というのは、先述してある筋力・パワーの低下です。スローイングもボールにどれだけ大きな力を与えられるかでそのスピードが決まるので、筋力・パワーも大事な要素です。

一方ポジティブな効果というのは、可動域の向上による力積の増加です。
力積というのはどれだけ物体に力を与えられたかという数値のことで、物理学的には「力の大きさ」×「力を加える時間」になります。
静的ストレッチを行うことでスローイングのコッキング期の肩の可動域が増加し(より腕を大きく後ろに引くことができ)、「力を加える時間」が長くなった結果、力積が増加する可能性があるということです。

一方で上述したように力積のもう1つの要素である「力の大きさ」にとってはマイナスであるので、静的ストレッチはスローイングにとってポジティブにもネガティブにもなり得るのです。

まとめ

事前の静的ストレッチは、筋出力の発揮に対してネガティブな影響を及ぼすことは間違いないようです。

一方、可動域の増加というポジティブな面もあるので、スローイングのような「筋出力」×「可動域」のようなパフォーマンスに対しては一概にマイナスとはいえません。

しかしながら動的ストレッチでも可動域の増加は見込めるので、スローインに関してもわざわざ静的ストレッチを行う必要はないように思えます。

やはり運動前のストレッチとしては静的ストレッチよりも動的なストレッチを用いたほうが賢明なのではないでしょうか

ただ、ここで議論しているのは「パフォーマンス発揮前のストレッチ」「ウォーミングアップとしてのストレッチ」に関してです。

 

習慣的な静的ストレッチが筋出力を低下させるというデータは見当たりませんし、Bandyら (1998)は静的ストレッチと動的ストレッチのどちらかを6週間行った効果を検討した結果、静的ストレッチのほうが可動域の改善が大きかったことを報告しています(11.4°±6.5 vs 4.3°±2.7)。

そのため、パフォーマンスの発揮に可動域が必要な選手が、普段の「柔軟性トレーニング」として静的ストレッチを取り入れるのは効果的であると考えられます。

まとめると

①ウォーミングアップには筋出力の低下を伴わずに(むしろ向上させながら)可動域を向上させる動的ストレッチが向いている

②普段の「柔軟性トレーニング」としては静的ストレッチが効率的

ということになります。

何が良い、何が悪いではなくて、重要なのはその方法のメリット・デメリットを正確に把握すること。

アスリートのみなさんも「コーチ・トレーナーに言われたから」ではなく、自分の頭で状況に応じた判断できるように、頭の中の知識の引き出しを増やしていってくださいね。

参考文献

David G. Behm • Anis Chaouachi
A review of the acute effects of static and dynamic stretching on performance
Eur J Appl Physiol, 2011

L. Simic1, N. Sarabon2, G. Markovic1
Does pre-exercise static stretching inhibit maximal muscular performance? A meta-analytical review
Scand J Med Sci Sports 2013: 23: 131–148

William D. Bandy, PhD, PT, SCS, ATC’ lean M. Irion, MEd, PT, SCS, ATCZ Michelle Briggler, MS, PT
The Effect of Static Stretch and Dynamic Range of Motion Training on the Flexibility of the Hamstring Muscle
JOSPT Volume 27 Number 4 April 1W8

 

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【第54回】ストレッチの誤解~運動前のストレッチ” に対して5件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    挙上できる最高重量だけで良い悪いを決めてるみたいだけど
    競技会や試合(練習試合含)前ならともかく
    トレーニング前、特にウェイトトレーニング前はどうなの?

    1. sasabekouki より:

      匿名さん

      この記事は競技や試合前のことについて述べています。

      トレーニング前に関しては明確な目的があるならば行なうべきだと考えています。
      例えばRDLやスクワットにおいて主働筋の硬さが原因で十分なROMが確保できていないのであればその主働筋のストレッチを行なうのもありですし、次の記事に書いてある通り種目によっては拮抗筋のストレッチをセット間に行なうことによってトレー二ングの負荷の増加が期待できます。

      そのため私は試合前であってもトレーニング前であっても、目的によって静的ストレッチを行なわせる場合もありますし行わせない場合もあります。

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