【第70回】10回×3セットの誤解~筋肥大に必要な負荷は?回数は?

10回3セット!

ってなんか良く聞きますよね。

ウエイトトレーニングにおいても、筋肥大期はこの回数・セット数で行うのが良いと昔教科書で読んだ気がします。

10というきりの良い数字が好まれるっていうのもあるかもしれませんが、

「10回前後行える中程度の強度(換算値でいうと75%1RM)で比較的高回数行うことで筋肉がパンパンになり(パンプアップし)、ストレスがかかることによって筋肥大が起きる」といった理論によるものだと思います。

じゃあ、10回という回数を小分けにしたら(例えば、10回3セットではなく5回6セットにするなどしたら)筋肥大の効果は弱まるのでしょうか。。?

 

結論からいうと、そんなことはありません

実はこの問いに答えうる研究というのはけっこうされていて、多くの研究で「トレーニングの総負荷」が同じであれば筋肥大への効果に大きな差はないと報告されています。

高強度×少量でも、低強度×多量でも、回数を半分にしてセット数を倍にしても、総負荷が同じであれば筋肥大への効果に大きな差はありません。

パワーリフター型vsボディビルダー型

総負荷は「強度(重量)」×「回数」×「セット数」で表されることが多いのですが、例えばSchoenfeldら[3]はパワーリフター型(高強度、低回数、長いレスト)のトレーニングとボディビルダー型のトレーニング(中強度、高回数、短いレスト)のセット数を調節して総負荷をそろえたところ、筋肥大への効果に差がなかったことを報告しています。

ちなみにこの研究ではパワーリフター型のトレーニングのほうが有意に大きな筋力の向上も示しています。

こう聞くとパワーリフター型のトレーニングのほうが絶対いいじゃん!と思うかもしれませんが、実はトレーニングにかかった時間が
・パワーリフター型⇒70分
・ボディビルダー型⇒17分
と大きく異なり、筋肥大を目的とした場合はボディビルダー型のトレーニングのほうが圧倒的に効率的です。

セット内レスト

筋肥大を引き起こすために必要なのは
・筋への張力
・筋ダメージ
・代謝ストレス
だと言われています。[2]

以前の記事で、レストを長くしても、代謝ストレスが落ちる代わりに筋にかかる張力(発揮する力)が大きくなるので筋肥大への効果は変わらないことを紹介しました。

一方でOliverら[1]は、セット内レスト(Intra Set Rest)を加えることで筋肥大などにどのような効果があったのかを検討しています。

これ以前の研究ではIntra Set Restを加えることで、トレーニング全体の実施時間が長くなっていたのですが、Oliverらの場合は、セットを分割する代わりに、レストの長さも半分にしています。(さらにセット内レストの長さもセット間レストとそろえています)
言い換えると、単純に10回4セットのところをレストを半分にして5回8セットに分割しているということですね。

その結果、回数を分割しても筋肥大への効果に有意差はありませんでした

まとめ

筋肥大へのトレーニングの効果は、1セットあたりに何回行うかというよりは、「トレーニングの総負荷がどれくらいか」といったことに依存するようです。

そしてその総負荷を効率よくかせぐために10RMといった負荷、10回といった回数を使うこともあるでしょうし、行い方によっては1セットあたりの回数を抑えた方法でも効果的に筋肥大を起こすことも可能です。

どのような回数、セット、レストで行うのかは、トレーニングに使える時間にもよりますし、選手のトレーニングレベル、そのトレーニングレベルに適した負荷などによっても変わってきます。

今回の記事を5年前の僕が読むとびっくりすると思ういます。。教科書と言ってること違うじゃん!って。

ただ、トレーニング科学は発展途上の研究分野。どんどん新しい知見が出てきているので、それらの情報にもアンテナを張っておきたいですね!

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)


今年も残すところあと5日となりましたね。

今年はいくつかセミナー講師をしたりと顔を出す場が増えたので、いろんな方と知り合えた1年でした。

今は年末の風物詩(?)高校バスケの全国大会、ウィンターカップの真っただ中ですね。

昨日は母校の豊浦高校が昨年のベスト4、帝京長岡と接戦の末に敗れてしまいました。。

選手の皆さんお疲れ様でした!


 

参考文献

  1. Oliver, JM, Jagim, AR, Sanchez, AC, Mardock, MA, Kelly, KA, Meredith, HJ, et al. Greater Gains in Strength and Power With Intraset Rest Intervals in Hypertrophic Training. J Strength Cond Res 27: 3116–3131, 2013.Available from: http://insights.ovid.com/crossref?an=00124278-201311000-00026
  2. Schoenfeld, BJ. The mechanisms of muscle hypertrophy and their application to resistance training. J Strength Cond Res 24: 2857–2872, 2010.
  3. Schoenfeld, BJ, Ratamess, NA, Peterson, MD, Contreras, B, Sonmez, GT, and Alvar, BA. Effects of Different Volume-Equated Resistance Training Loading Strategies on Muscular Adaptations in Well-Trained Men. J Strength Cond Res 28: 2909–2918, 2014.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201410000-00027

 

 

 

【第69回】トレーニングは部位ごとに行うべき?全身を行うべき?

トレーニングの組み方には様々な方法がありますよね。

強度(%1RM)、回数、セット、レスト、、、

効率的に筋肥大をしたければ強度を少し落として回数を増やすことでボリュームを確保するのが良いでしょうし、筋力向上が目的であれば(さらに対象がすでにある程度筋力を獲得している選手であれば)高い強度でトレーニングを行うことが必須になります。

そしてセッションの中でエクササイズをどのように組み合わせるか、どの順番で行うのかといったことも重要になってきますよね。

また、週あたりのトレーニングメニュー・ボリュームが同じであっても、それをどのように振り分けるかによってトレーニングプログラムの形は変わってきます。

代表的な形として、
・Split-body Routine(SPLIT)
・Total-body Routine(TOTAL)
といったものがあります。

SPLIT vs TOTAL

SPLITの場合、1セッションの中で特定の筋群をターゲットに高ボリュームでトレーニングを行います。

行い方によっては週6回のトレーニングも可能で、筋肥大のためにボリュームを確保したいボディビルダーの方たちがよく行うトレーニング方法です。

TOTALの場合は特定の筋群に限定せず、1セッションで全身(または複数の部位)のトレーニングを行います。

ここで生まれる疑問として、

「週のトータルのトレーニングボリューム(種目ごとの回数×セット)が同じであれば、どちらが筋力向上や筋肥大に効果的なのか?」

ということ。

ここで効果の差があれば、あるとしたらどの程度の差なのかによって、スポーツ現場でのトレーニングの組み方は変わってきますよね?

INFLUENCE OF RESISTANCE TRAINING FREQUENCY ON MUSCULAR ADAPTATIONS IN WELL-TRAINED MEN
Schoenfeld et al., 2015

この問いに対してSchoenfeldらが2015年に研究を行っています。

上記の図のように、全身を3つの部位に分けたうえで各セッションで1つの部位を高ボリュームで行うSPLIT群と、1つのセッションで3部位を行うTOTAL群に分け、8週間トレーニング効果を比較しました。(その際、1週間でのトレーニングボリュームは両群で揃えました)

8週間トレーニングを行ったところ、総負荷(重量×ボリューム)には両群で有意差はみとめられませんでした。

筋力の変化 SPLIT vs TOTAL

筋力の変化(スクワット、ベンチプレス)に関しては
SPLITとTOTALの間で有意差は認められませんでした。

つまり、週あたりの総負荷さえ同じであれば、どのようにトレーニングを分配しても筋力獲得への効果に大きな差はないといったことが言えそうです。

例えば毎週土日が試合のため週末に下肢に大きな負荷がかけられないアスリートは、SPLIT-Routineを用いて週の頭にまとめて下肢のトレーニングを行ってしまうといった方法もとれそうですね。

一方でバスケットボールのように、上肢に大きな負荷がかかることでシュートタッチにも影響がでそうなアスリートの場合は、週の頭に下肢も上肢も高ボリュームで行ってしまいたいところですが、その場合の効果についてはこの研究だけでは断言できません。(高ボリュームの下肢のトレーニングを行うことで、その後の上肢のトレーニングの総負荷に影響がでることも考えられるので)

しかしながら試合期であればそもそもそこまで週のトータルボリュームも大きくないですよね?

ということで僕は試合期のバスケットボール選手の場合は週の頭に全身の高ボリュームのトレーニングを行うようにしています。

筋肥大への効果 SPLIT vs TOTAL

一方でこの研究では上腕二頭筋、上腕三頭筋、外側広筋の筋厚も測定しています。

その結果、上腕二頭筋の筋厚の増加はTOTAL(高ボリュームの週1回ではなく、分割て週3回)のほうが有意に大きかったようです。

(一方、他の2部位でもTOTALのほうが増加量は大きかったものの、有意ではありませんでした)

また、それも踏まえてもう一度1RMの増加を見返すと

スクワット
SPLIT:10.6%↑
TOTAL:11.3%↑
p=0.52

ベンチプレス
SPLIT:6.8%↑
TOTAL:10.6%↑
p=0.14

と、上肢に関してはさらに長期介入をするともしかしたら有意差がでるんじゃないかなーと思わせる値です。(今回の研究は8週間)

まとめ

8週間の介入であれば、SPLITを用いてもTOTALを用いても筋力獲得、筋肥大に有意な差はないようです。

そのため、競技特性や試合のスケジュール、ウエイトルームの使用状況を考えてプログラムを組むのが良いでしょう。

SPLITを用いた場合は特定の部位の翌日の疲労が大きくなりますが、競技練習中に疲労感はハリがあると嫌な部位はオフ前にまとめて行っても良いでしょう。

筋肥大への効果は若干TOTALの方が優れているように見えますが、これはあくまでも「週あたりのボリュームが同じなら」ということ。

SPLITのほうがボリュームがかせげるなら、むしろSPLITのほうが筋肥大には効果的かもしれません。

強度(重りの負荷)が落ちる分、筋力獲得も筋肥大も効果が多少下がる可能性がありますが、「ウエイトルームが使えるのが週1回」などのスケジュールの都合によっては全身の高ボリュームのトレーニングを1日でまとめてやっちゃう。といった方法もありかもしれません。(誰か研究してください!笑)

「エビデンス」っていうとなんだか堅っ苦しく、融通が利かないイメージを持っているかたもいるかもしれませんが、適度な距離で付き合うことで、こんなふうに逆に想像力を膨らませてくれます。

もっといろんな人にこの楽しさを知ってほしいです!

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)


最近、釣りや登山といったアウトドアにはまっています。

先日は10歳のいとこと2人で高尾山に登ってきました。

紅葉シーズン、週末ということもあり、とんでもない人の多さでした。。。笑

東京近郊で落ち着いた雰囲気でちょうどいいレベルの山があれば教えてください~


 

参考文献

  1. Schoenfeld, BJ, Ratamess, NA, Peterson, MD, Contreras, B, and Tiryaki-Sonmez, G. Influence of Resistance Training Frequency on Muscular Adaptations in Well-Trained Men. J Strength Cond Res 29: 1821–1829, 2015.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201507000-00008

【第68回】身体能力は控え選手のほうが上がる!

トレーニングの目的はざっくりいうと

・身体能力の向上(ジャンプ力、スピードなど)

・傷害発生の予防

ですよね。

そして多くのスポーツ(特に球技スポーツ)の場合、きちんとトレーニングをしていたら、控え選手・Bチームの選手(試合の出場機会が少ない選手)のほうが身体能力が上がる可能性が高いんです。

持久的トレーニングは筋力・パワーの向上を阻害する

以前の記事でもご紹介した通り、持久的トレーニングは筋力・パワーの向上、筋肥大を阻害します。

筋力トレーニングと持久的トレーニングを平行して行うトレーニングは、スポーツ科学の世界ではConcurrent Trainingと呼ばれており、Wilsonら(2012)[4]が今まで発表された研究を集めてメタ解析をした結果その阻害効果が強く示されています。

#24 Wilson et al., 2012

また、バイクなどの持久的トレーニングよりもランニングを用いた持久的トレーニングのほうが大きく筋力トレーニングの効果を阻害してしまいます

競技練習は持久的トレーニングになりえる

持久的トレーニングというと、練習後のインターバル走や長距離ランニングを思い浮かべるかもしれませんが、実は競技練習自体が持久的トレーニングになりえます。(競技を行っていれば持久的トレーニングを行わなくても良いということではありませんが)

こちらはバスケットボール[2]とサッカー[3]の、試合中の各走行スピードの走行距離を測定した研究をまとめた図なのですが

どちらの競技も歩行・ジョギング~長距離走程度の強度の運動が大半を占めています。

先ほど紹介したWilsonらの研究において、持久的トレーニングの実施時間が長いほど、頻度が多いほど筋力トレーニングへの阻害効果が大きいことが示されています。

これらのことを総合して考えると、練習を多く行っている選手、試合に多く出場している選手ほど、筋力トレーニングの効果が打ち消されている可能性が高いということです。

実際に、バスケットボールのリーグ戦期間中に、筋力維持のための筋力トレーニング(20分×週2回)を行ったところ、試合に多く出場していた選手ほど筋力の落ち幅が大きかったことを示すデータもあります[1]。

出場機会に恵まれていないのはある意味チャンス?

一方で練習量、出場機会が少ないことにより、逆に持久力がスタメンと差がつく可能性も考えられます。

しかしそこは短時間で心肺機能に負荷をかけられるHIITなどを行うことで、筋力向上への阻害効果を最小限にしつつ、ある程度カバーできるでしょう。

スピード、ジャンプ力、アジリティなどの瞬発的な能力は筋力、パワーによる貢献度が大きいです。

つまり、
出場機会が少ない
⇒相対的に筋力トレーニングの効果が高くなる
⇒スタメンよりも身体能力の向上率が高くなる!

といったことが考えられます。

また疲労の蓄積が小さい分、+αでのトレーニングも可能になり、さらに差をつけることも可能でしょう。(オーバートレーニングには注意ですが!)

とはいったものの、やはり試合で活躍するためには「技術」「戦術理解」「経験」なども非常に重要です。

むしろ競技によってはそちらのほうが圧倒的に大事でしょう。そこからは目を背けることはできません。

しかし繰り返しになりますが、身体能力の向上についてはBチームのほうが圧倒的に有利特に、インシーズンの間は

しっかりと技術練習の自主練も行ってそこの差を埋めたり、なんなら向上した身体能力をうまく活かして新たな技術を習得したり、、戦術への理解を深めるための努力を行ったり、コート・グラウンドの外からだから分かることもあったり、、

何事も捉え方によってはチャンスに変わります。

結果を変えたければ、まずは環境への捉え方を変え、行動を変えていきましょう!

その環境はチャンスです!

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)


参考文献

  1. Caterisano, A, Patrick, BT, Edenfield, WL, and Batson, MJ. The effects of a basketball season on aerobic and strength parameters among college men: Starters vs. reserves (abstr.). J Strength Cond Res 11: 21–24, 1997.
  2. N.B.Abdelkrim, Castagna, C, Jabri, I, Battikh, T, Fazza, S El, and Ati, J El. ACTIVITY PROFILE AND PHYSIOLOGICAL REQUIREMENTS OF JUNIOR ELITE BASKETBALL PLAYERS IN RELATION TO AEROBIC–ANAEROBIC FITNESS. J Strenght Cond Res 24: 2330–2342, 2010.
  3. Rampinini, E, Coutts, AJ, Castagna, C, Sassi, R, and Impellizzeri, FM. Variation in top level soccer match performance. Int J Sports Med 28: 1018–1024, 2007.
  4. Wilson, JMJM, Marin, PJPJ, Rhea, MR, Wilson, SMC, Loenneke, JP, and Anderson, JC. Concurrent training: a meta-analysis examining interference of aerobic and resistance exercises. J Strength Cond Res 26: 2293–2307, 2012.Available from: http://journals.lww.com/nsca-jscr/Fulltext/2012/08000/Concurrent_Training___A_Meta_Analysis_Examining.35%5Cnhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22002517

 

 

 

 

【第67回】足首のテーピングは本当にパフォーマンスを低下させるのか?

前回の記事

テーピングとサポーターでは足関節捻挫への予防効果は変わらない

足関節捻挫の発生率を15〜50%にまで低下させる

初発予防より再発予防の効果が高い

といった内容でした。

そのため、内反捻挫の予防にテーピングを用いるかサポーターを用いるが、はたまたどちらも使用しないかは

・巻いたときの不快感、動きづらさなど、個人の好み
・経済的な負担
・予防効果

これらを天秤にかけて決めれば良いのでは
という話でした。

しかしながらここで考えなければいけないのが

巻いたときに動きづらいからと言って、必ずしもパフォーマンスを低下させる(スプリントスピードやジャンプ力を低下させる)というわけではないのでは

ということ。

もしもパフォーマンスを低下させる効果があったとしても、その大きさによって、ポジティブな面と天秤にかけたときの結論は違ってきますよね。

(捻挫の予防効果vsパフォーマンスの阻害効果)

そこで今回は、足首のテーピングorサポーターがパフォーマンス(ジャンプ、スプリント、アジリティ)に与える影響について検討した研究をご紹介します。

足首のテーピング・サポーターがパフォーマンスに与える影響

Effects of Ankle Support on Lower-Extremity Functional Performance: A Meta-Analysis
Cordova et al., 2005

この論文では過去に発表されたテーピング・サポーターがパフォーマンス(スプリント、アジリティ、ジャンプ)に与える影響について検討した研究のデータをメタ解析して報告しています。

表は論文の中で示されたメタアナリシスの結果の一覧です。

ESはコントロール群に対して、テーピング・サポーター群のパフォーマンスがどの程度であったかを示しています。
つまり、数字がマイナスであればテーピング・サポーターを巻いたときのほうがパフォーマンスが低かったということになります。

すべての結果の90%CIが0をまたいでいるので、「テーピング・サポーターはパフォーマンスに悪影響である!」といったことは断言できません。

しかし、スプリント、ジャンプのところを見ると、パフォーマンスを阻害しそうな傾向はみてとれます。

(なぜ95%CIではなく90%CIであったかが気になりますが。。)

また、著者はスプリントのESについて%換算もしており、「テーピング・サポーターを巻くことで~1%程度パフォーマンスを阻害する可能性がある」と述べています。

結果の解釈は人によりけりでしょうが、この結果を基にして、テーピング・サポーターを巻くかどうかといった判断をどうするかは、競技、ポジション、既往歴などによりそうです。

テーピング・サポーターを巻く?巻かない?

足首のテーピングを巻くメリット・デメリットをまとめると以下のようになります。

テーピング・サポーターを巻くかどうかのキーになりそうなのは
捻挫の発生率の低下(15~50%に)と
パフォーマンスの阻害(~1%)を
比較して、メリットがデメリットを上回るかどうかということろでしょう。

例えば、100m走選手に捻挫の既往があり、不安だからとテーピングを巻くのはナンセンスですよね?
(10.0秒の選手が1%スピードが低下すれば、10.1秒になります)

捻挫の既往があるバスケ選手が、シーズンを通して離脱をしないためには、その程度のデメリットがあったとしても巻いたほうがいいかもしれません。

野球選手で主に代走の切り札として活躍している選手なら。。?

このように、手段というのはその状況によって、薬にも毒にもなり得ます。

正しい判断ができるように、正しい情報を頭の中に入れておきましょう!

佐々部孝紀(ささべこうき)


追記

先日、臨床スポーツ医学会学術集会に参加してきました!

普段お世話になっている方々とお会いできたのも非常に良かったのですが、最先端のスポーツ医学の知識がアップデートできたので非常にためになりました。

僕自身はいつも肩書は「トレーナー」ではなく、なるべく「アスレティックトレーナー兼S&Cコーチ」と名乗っています。
(なんとなーくでメディカル、フィジカルを担当してます~。ではなく、両分野のプロフェッショナルです!という、自分への約束いうか、ただのこだわりです。笑)

普段から両分野の論文は読み漁っているのですが、今回学会に参加していろんな新鮮な情報を得ることで、最近少しトレーニングがわに寄りすぎてたかな~と気づきました。

なので今後も今回の記事のようなメディカル系のものも、自分の勉強がてらちょくちょく更新していくつもりです!


参考文献

Cordova, ML, Scott, BD, Ingersoll, CD, and Leblanc, MJ. Effects of ankle support on lower-extremity functional performance: A meta-analysis. Med Sci Sports Exerc 37: 635–641, 2005.

 

【第66回】捻挫予防にはテーピング?サポーター?

このサイトはタイトルの通り「トレーニング科学」のことについて主に発信しておりますが、佐々部はS&CコーチとしてだけでなくATとしても活動してますので、自分の勉強のためにもたまにはメディカル系の記事もまとめようと思います。

さて、AT(アスレティックトレーナー)の仕事は?と聞かれたら、割と多くの人がその中の1つとして「テーピング」を思い浮かべるのではないでしょうか。

テーピングといえば足首の内反捻挫予防のテーピングが最もポピュラーでは?

また、テーピングと同様に、足関節の捻挫の予防に対してはサポーターを巻いているという人もいるかと思います。

同じ目的で用いられるこの2つですが

テーピングのメリットとしては
・個人に合わせた調節が可能

サポーターのメリットとしては
・繰り返し使えるのでテーピングよりも経済的

といった特徴があると考えられます。

ここで浮かんでくる疑問が

サポーターと標準的な足関節のテーピングだったらどっちの効果が高いの?

そもそもテーピングやサポーターを巻くことでどれくらい捻挫を予防できるの?

ということ。

この2つにそもそも予防効果の大きさの差があったら、好みや経済的な理由だけでなく、その効果の差を考慮に入れて選ぶ必要がありそうです。

またテーピングやサポーターで得られる予防効果がごくわずかであれば、動きづらさというネガティブな面と天秤にかけて、あえて使用しないという選択肢も生まれそうですよね。

さて研究ではどのような報告がなされているのでしょうか。

テーピングvsサポーター

まずはこの2つの効果の差をみてみましょう。

Dizon and Reyes(2010)はそれまでに行われたテープorサポーターが足関節捻挫の発生に与える影響について調べた研究を集め、メタ解析を行いました。[1]

その結果、以下の表のような結果を示しています。

サポーター テープ
既往なし 既往あり 既往なし 既往あり
OR 0.57 0.31 0.60 0.29
95%CI (0.21~1.56) (0.18~0.51) (0.19~1.89) (0.14~0.57)

 

※OR(Odds Rate):介入によってどの程度発症率が変化したかを示す値。1未満だと発症率が低下したことを示す。

表の通りサポーターとテーピングで捻挫への予防効果の差はなさそうです。

また、面白いことに既往歴なしの選手(初発予防)に比べて、既往歴ありの選手(再発予防)に対する効果のほうが大きく(ORが小さく)なっています。

既往歴なしの選手に対するテーピング・サポーターのORは95%CIが0をまたいでいるため、初発予防には確かな効果があるとは言えない一方で、既往歴ありの選手の場合は95%CIが0をまたいでいないため、再発予防には確かな予防効果があると言えます。

どの程度捻挫の発生を予防するの?

一方で上記の研究は予防効果の大きさについてORで算出しているため、その数値をそのまま下がった発症率(%)だと解釈はできません。

そこで他の研究もあたってみると、Verhagenのレビュー論文[2]で足関節発生予防に関するRCT(ランダム化比較実験)についてまとめられており、

サポーターの捻挫への予防効果を検討したRCTは6つ抽出され、
そのRR(Relative Risk)は0.15~0.5と、およそ15%~50%まで発症率を抑えることができることが示されました。

テープ、サポーター以外の足関節捻挫の予防方法

また、上記の論文[2]ではテーピングやサポーター以外の予防法についても検討しており、その中でも最も研究数が多く、効果が高かったものとして、Neuromuscular Trainingを挙げています。(RR=0.15~0.4)
いわゆる、バランストレーニングですね。

論文の著者も「現在のエビデンスに基づくと、テープorサポーターとNeuromuscular Trainingの組み合わせが、捻挫の発生を予防するためのベストな方法だと考えられる」と述べています。

まとめ

足関節捻挫の予防にはテーピングやサポーターが考えられるが、両者で予防効果の違いはなさそう

そのため、好みや経済的な負担を考えて使い分けるのがよいのでは

発生率はおよそ15~50%まで低下させることができ、その効果は捻挫を受傷したことのある選手でより大きくなる。
※逆に、初発の予防には確実な効果があるとは言えない

テーピングやサポーターだけではなく、バランストレーニングも併用したほうがより捻挫の発生率は下げられる

足関節捻挫の繰り返しの再発に苦しんでいる選手は非常に多いと思います。

ただ、中には受傷したとき「テーピング巻くのがめんどくさくて巻いてなかった。。」「時間なくてバランストレーニングさぼっちゃってた。。」なんて選手もいるのでは?

それでは自己責任ですよね。

テーピングもサポーターもバランストレーニングも、科学的にしっかりと効果が証明されている予防法です。

怪我をしないことも能力の1つ。今一度「予防」についても考えてみてください!

佐々部孝紀(ささべこうき)


 

参考文献

  1. Dizon, JMR and Reyes, JJB. A systematic review on the effectiveness of external ankle supports in the prevention of inversion ankle sprains among elite and recreational players. J Sci Med Sport 13: 309–317, 2010.Available from: http://dx.doi.org/10.1016/j.jsams.2009.05.002
  2. Verhagen, EALM and Bay, K. Optimising ankle sprain prevention: a critical review and practical appraisal of the literature. Br J Sports Med 44: 1082–1088, 2010.Available from: http://bjsm.bmj.com/cgi/doi/10.1136/bjsm.2010.076406

 

 

 

 

【第65回】シーズン中にトレーニングをやめたら努力が水の泡

オフシーズンにしっかりトレーニングを行って身体を作り、作った身体を競技練習に活かそう!(シーズン中はトレーニングは行わずに!)

なんてことは非常ーーーーにもったいないです。

なんなら、きついトレーニングを行った意味がないと言っても過言ではありません。

可逆性の原理

トレーニングの原理に「可逆性」といったものがあります。(可塑性ということもあります)

簡単に言うと、トレーニングで体力を高めても、やんなかったら元に戻りますよということです。

もちろんこれは筋力トレーニングで高めた筋力やパワー、それによって向上したスピードにも当てはまります。

つまりオフシーズンに筋力トレーニングで筋力を高めても、シーズン中に行わなければどんどん低下していき、シーズン後半には高める前のレベルまで戻ってしまう可能性があるということです。

多くの競技において、シーズンの終盤というのは重要な試合が多いですよね。(優勝争い、昇格、残留争いなど)

せっかくオフシーズンで辛い思いをして筋力を高めたのに、シーズン終盤の重要な試合でその努力が意味をなさないなんて悲しいですよね。。

そこで本日はシーズン中に、どの程度、どの位の頻度でトレーニングを行えば筋力を維持できるのか?を調べた研究をご紹介します。

シーズン中のトレーニング頻度 1週間に1回 vs 2週間に1回

Ronnestadら(2011)はプロサッカー選手14名に10週間のオフシーズンでの週2回のスクワットを中心とした筋力トレーニングを行わせ、その後の12週間のインシーズンの間、1週間に1回のトレーニング群(1回/週)2週間に1回のトレーニング群(0.5回/週)に分けて筋力やスピードの変化を追いました。

その結果、以下のように1回/週のグループでは筋力もスピードも維持されたものの、0.5回/週のグループではオフシーズンに獲得した筋力、スピードが半分以上失われました。

#10 Ronnestad et al, 2010

筋力を維持するためのトレーニング量、頻度

スピードの向上は筋力の向上と非常に強い関係性があるため(Seitz et al., 2014)、0.5回/週のグループのスピードの低下はおそらく筋力の低下に伴ったものでしょう。

2週間に1回行ってもこれほど低下するので、まったく行わなかったらもっと低下のスピードは速いでしょう。

この研究ではオフシーズン週2回のトレーニングでは10週間の中でスクワットを10RM×3セット⇒4RM×3セットで行い、1回/週のグループも0.5回/週のグループもインシーズン12週間では4RM×3で行っています。

この研究の結果から
12週間程度であれば、高強度、低ボリュームのトレーニングを週1回行うことで筋力は維持できる
といったことが言えそうです。

被験者特性を考慮する

ただ、この研究結果はすべての人に当てはまるわけではないでしょう。

トレーニングレベルが高い被験者は、トレーニングレベルが低い被験者よりも、維持のためにもより強度や頻度が求められると考えられます。

ちなみに、この研究に参加していたプロサッカー選手は
オフシーズン前ハーフスクワット1RM:139±7kg
インシーズン前ハーフスクワット1RM:163±8kg
でした。

また今回の研究では選手のスタメン・控えの割合などについては述べられていなかったのですが、バスケットボールにおける研究では、スタメンのほうが控え選手よりもシーズン中の筋力の低下は大きいといったことも示されています(Caterisano et al., 1997)。

そのあたりも考慮してトレーニングプログラムを組む必要もあるかもしれませんね。

まとめ

トレーニングはきついです。

時間も、労力も使います。

ただ、それは試合で高いパフォーマンスを発揮するため。

せっかくオフシーズンできつい思いをしたのなら、せめてそのトレーニングで得た筋力をシーズンが終わるまでしっかり維持しませんか?

執筆者:佐々部孝紀


 

参考文献

  1. Caterisano, A, Patrick, BT, Edenfield, WL, and Batson, MJ. The effects of a basketball season on aerobic and strength parameters among college men: Starters vs. reserves (abstr.). J Strength Cond Res 11: 21–24, 1997.
  2. Rønnestad, BR, Nymark, BS, and Raastad, T. Effects of In-Season Strength Maintenance Training Frequency in Professional Soccer Players. J Strength Cond Res 25: 2653–2660, 2011.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201110000-00003
  3. Seitz, LB, Reyes, A, Tran, TT, de Villarreal, ES, and Haff, GG. Increases in Lower-Body Strength Transfer Positively to Sprint Performance: A Systematic Review with Meta-Analysis. Sport. Med. 44: 1693–1702, 2014.

 

 

 

【第64回】アジリティの本質を理解する④やっぱり筋力が必要

アジリティシリーズも今回がラストです!

さて、前回の内容は少し専門的になってしまいましたが、こんな感じでした。

様々な方向転換動作があるが、どのような動作であっても地面反力を水平に近づけることは重要。

そして地面反力を水平に近づけるには
・進みたい方向に身体を傾ける
・足を重心から遠い位置につく
・重心を落とす

などの方法がある

今回は中・高レベルの物理の知識を用いて、このような効率的な動作(地面反力が水平に近づくような動作)をするにはそもそも筋力が必要だよねということを解説していきます。

合成ベクトルについて

ベクトルとは、力の大きさ・向きを表したもので、よく矢印で示されます。

また合成ベクトルと呼ばれるものもあり、これは2つ以上のベクトルを合わせたものです。
例えば下の図のように①のベクトルの力と②のベクトルの力が加わると、合わせて③のような力が物体に働くことになり、これを合成ベクトルと呼びます。

 

 

アジリティに関わるベクトル

身体運動中にも身体には複数の力が加わっており、これをベクトルで表すことができます。

代表的な力に
・重力
・地面反力(GRF)
が挙げられます。

もちろん、方向転換動作(アジリティ)にもこの2つのベクトルは非常に強く関係しています。

まず前提として
下肢の筋力が強い選手ほど大きな地面反力を受けることができます。

これは当然ですよね。脚で強く地面を押すから地面反力は強くなるので。

以上の知識を踏まえてアジリティについても考えていきましょう。

下図のAの場合、重力(赤いベクトル)と地面反力(青いベクトル)の合成ベクトルが紫のベクトルになっており、この状態では真横に加速することができます。
(ベクトルの合成が分かりやすいように地面反力と同じ大きさ・向きのベクトルを水色で示しています)

一方、Bの地面反力は、Aの地面反力よりも小さいですが向きは同じです。
この場合は図の通り、合成ベクトルは斜め下を向いてしまい、うまく側方に加速できません。(身体全体が落下するので、すぐに進行方向の足がついてしまいます)

そのため、大きな地面反力を得ることができない選手(言い換えると、筋力の弱い選手)はCのように地面反力の方向を垂直方向に近づけざるを得ません。
その結果、必然的にAに比べて側方への合成ベクトルも小さくなってしまいます。

※方向転換前に身体に加わっている慣性についてはここでは無視しています。またここでは身体を1つの物体と考え力はすべて重心に加わるとし、回転モーメントも無視しています。

筋力があるから地面反力を水平に近づけられる

前回の記事では「効率的な方向転換動作を行うには地面反力を水平に近づけることが重要」だと述べました。

そのため「じゃあアジリティを高めるために、地面反力を水平に近づけられるような動作を習得しよう!」という発想に至り、いわゆる「動作のトレーニング」を行う、といった考えになるかもしれません。

しかしながら先ほど説明した通り、物理学的に考えて
そもそも地面反力を水平に近づけるためには大きな地面反力が必要です。

言い換えると、効率的な動きをするためにはそもそも筋力・パワーが必要なんです。

さて、これだけだと机上の空論になってしまいますので、ここで1つエビデンスも示しておきます。

Spiteriら(2013)は筋力の強い被験者と筋力の弱い被験者に対して方向転換動作(45°のカッティング動作)を行わせ、その時の地面反力を測定しています。

その結果、筋力の大きな選手の方が地面反力がより水平に近づいており、方向転換後の離地速度も有意に速かったことを報告しており、上記の仮説とも一致しています。

やっぱりまずは筋力を鍛えるべき

一方、筋力を鍛えてもそれを効率的に使えなかったらアジリティは向上しない可能性もあります。

第①回の記事でも解説した通り、
①筋力やパワーをつける
②方向転換スピードを向上させる
③反応アジリティを高める
④競技特異的な反応アジリティを高める

といった段階的なトレーニングも有効でしょう。

しかしながらサッカー選手において長期的なウエイトトレーニングを行った結果、特別に方向転換のトレーニングを行っていなくても、ウエイトトレーニングを行っていない選手よりも方向転換スピードが向上したといった報告もなされています。(Keiner et al, 2014)

これは、ウエイトトレーニングによって筋力やパワーが高まり大きな地面反力を得られるようになったことで、サッカーの練習中に自然と効率的な動作(地面反力を水平に近づけるような方向転換)を身につけたためだと考えられます。(実際に地面反力を測定しているわけではないので断言はできませんが)

逆に、サッカーやバスケとボールなどの練習だけでは筋力やパワーの向上は望めないので、やはりウエイトトレーニングは方向転換スピード、アジリティを高めるのには必須です。

まとめ

4回にわたるアジリティシリーズもひとまずこれでおしまいです。

専門家向けの記事なので、選手・コーチの方々には少し難しかったかもしれません。

結局いろいろ理論や考えかたはあるけど、とりあえず筋力やパワーを高めなきゃどうしようもないですね。というなんとも普通な結論です。笑

ただ、「普通=簡単ということではない」ですよね。

いかにその普通にこだわれるかがS&Cの醍醐味だと思います。

報告

先日、無事にNSCAの関西ADセミナーを終えました。

多くの方々にお越しいただき、誠に感謝です。

反省としては、伝えたいことが多すぎて、少し話が駆け足になってしまったことですかね。。

これを経験に次回以降はより良いものを提供できるように精進して参ります!

 

参考文献

  1. Keiner, M, Sander, A, Wirth, K, and Schmidtbleicher, D. Long-Term Strength Training Effects on Change-of-Direction Sprint Performance. J Strength Cond Res 28: 223–231, 2014.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201401000-00029
  2. Spiteri, T, Cochrane, JL, Hart, NH, Haff, GG, and Nimphius, S. Effect of strength on plant foot kinetics and kinematics during a change of direction task. Eur J Sport Sci 13: 646–52, 2013.Available from: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24251742

 

【第63回】アジリティの本質を理解する③効率的な方向転換に必要な動き

前回の記事では「アジリティ(方向転換動作)」にはいろんな種類があるから、必要なアジリティをチョイスしなければだめ!という説明をしました。

とはいったものの、Tテストであろうが10m×5であろうが、
どのような方向転換動作にも「減速」「ストップ」「再加速」というフェイズは含まれています。

そのため各テストに共通して必要なキネティクス(動力学:力発揮の方向、大きなど)が存在し、そのキネティクスを達成するために必要なキネマティクス(運動力学:動き方)が各テストで異なっていると僕は考えています。

「???」

という読者の方もいるかもしれないので、順を追って説明していきます。

地面反力(GRF)

地球上で上に跳んだり、前方に加速したり、ストップしたりできるのは地面に力を加えて逆向きの力(地面反力)をもらっているからです。

例えば、地面を下に押すと身体は地面から上向きに押されます。

地面を後ろに押すと身体は前方に押し出されます。

走っているときに足を前に出して踏ん張ると身体は後ろ方向に押されるのでストップができます。

 

下肢の筋力・パワーを鍛えることによって地面を強く速く押すことができるようになる≒大きな地面反力をもらうことができるようになる。

そのため下肢のレジスタンストレーニングによって身体能力が向上するのです。

しかしながらスプリントなどの水平方向への力発揮においては、大きな地面反力をもらうことだけではなく、どの方向への地面反力をもらうかも重要になってきます。

実際にMorinら(2011)は100m走と地面反力の角度についてのデータを収集し、100m走が速い被験者ほど平均して地面反力をより水平に近い角度に維持していたことを報告しています。

また同様にサイドステップを用いた180度の方向転換においても、Shimokochiら(2013)は方向転換能力に優れている被験者ほど地面反力が水平に近づいていることを報告しています。

スプリントにしろ方向転換にしろ、前後左右など水平面の動きにおいては、いかに地面反力を水平に近づけるか、言い換えると進みたい方向やブレーキの力を得たい方向の力(この場合は水平方向の力)を地面から得ることが重要であると考えられます。

水平方向の地面反力を得るためのキネマティクス

では水平方向への地面反力得るにはどうすればいいのか。

大きく分けて以下3つの方法が考えられます。

・進みたい方向に身体を傾けること

・足を重心から遠い位置につくこと

・重心を落とすこと

進みたい方向に身体を傾ける

Kugler and Janshen(2010)は短い距離のスプリントの場合、身体をより前方に大きく傾けているほうが、より大きな前方への地面反力が得られることを報告しています。

また、5m×2の180度の方向転換動作においてもSasakiら(2011)が上記の研究同様、方向転換後の進行方向により身体が傾いている被験者ほど方向転換スピードが速かったことを報告しています。

また、この研究では重心高は計測していなかったのですが、図のように身体を傾斜するのに伴って重心が低くなるし、重心に対する足の接地位置も遠くになることが予想できますよね。

足を重心から遠い位置につく

上記のように身体を傾斜することで自然と足の接地位置は遠くなると考えられるのですが、身体の傾斜といった戦略をあまり使うことのできない方向転換もあります。

例えば、バスケットボールなど比較的狭いコートの競技で用いられるサイドステップでの方向転換では、身体を進む方向に傾斜させて移動すると、逆方向に振られたときに対応が遅れるので好ましくありません。

そのためこのような方向転換では、股関節を適度に外転(左右に開く)することによって足の接地位置を遠くし、地面反力を水平に近づけることができます。

実際にサイドステップでは股関節が外転するほど地面反力が水平に近づくことも明らかとなっているのですが(Inaba et al, 2013)、かといって足を開き過ぎると下肢の屈曲伸展をうまく使えないですし、次の動作(スプリントなど)への移行もしづらいですよね。。
適度にというのがポイントです。

重心を落とす

先述したShimokochiら(2013)のサイドステップの研究では地面反力の解析だけでなく動作解析も行われ、方向転換能力の優れている選手ほど地面反力が水平に近く、なおかつ重心が低いことが報告されています。

上記のInabaら(2013)の研究と統合して考えると、サイドステップでの方向転換においては身体の傾斜をあまり用いることができないので、
・股関節の外転
・重心の低下(下肢の屈曲)
2つの戦略によって地面反力を水平に近づけることができると考えられます。

まとめ

前回の記事で紹介した通り、方向転換動作(アジリティを評価するテスト)は複数存在し、それぞれで求められる能力は違う。

しかし「減速」「ストップ」し「再加速」を行う課題であるというのは共通なので、どのような方向転換動作であっても地面反力を水平に近づけることは重要。

そして地面反力を水平に近づけるには
・進みたい方向に身体を傾ける
・足を重心から遠い位置につく
・重心を落とす

といった戦略が考えられ、方向転換動作の特性に合わせて適したテクニックを採用する必要がある。

以上になります。

さて、次回でアジリティシリーズはラストの予定です。

ネタバレになってしまいますが「効率的な方向転換動作というものがあるものの、それを行うにはやっぱり筋力が必要」といった内容です!

ではお楽しみに~

アジリティシリーズ全④回
第④回はこちら

佐々部孝紀


参考文献

Jean Benoît Morin, Pascal Edouard, and Pierre Samozino, “Technical Ability of Force Application as a Determinant Factor of Sprint Performance,” Medicine & Science in Sports & Exercise, 2011 <https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e318216ea37>.

Yohei Shimokochi and others, “RELATIONSHIPS AMONG PERFORMANCE OF LATERAL CUTTING MANEUVER FROM LATERAL SLIDING AND HIP EXTENSION AND ABDUCTION MOTIONS,GROUND REACTION FORCE, AND BODY CENTER OF MASS HEIGHT,” J Strength Cond Res, 27.7 (2013), 1851–60.

F. Kugler and L. Janshen, “Body Position Determines Propulsive Forces in Accelerated Running,” Journal of Biomechanics, 43.2 (2010), 343–48 <https://doi.org/10.1016/j.jbiomech.2009.07.041>.

Shogo Sasaki and others, “The Relationship between Performance and Trunk Movement during Change of Direction,” Journal of Sports Science and Medicine, 10.1 (2011), 112–18.

Yuki Inaba and others, “A Biomechanical Study of Side Steps at Different Distances,” Journal of Applied Biomechanics, 29.3 (2013), 336–45.

画像引用元
http://jp.freepik.com/index.php?goto=41&idd=36067&url=aHR0cDovL3d3dy5zeGMuaHUvcGhvdG8vMTEwNDU0
作成者:James Allen

 

【第62回】アジリティの本質を理解する②競技に合ったアジリティをチョイスする

大学入試に向けて国語と社会の勉強をしてきて成績が上がったぞ!

と意気込んでいたものの、実は受けたい大学の受験科目が数学と英語で、今までの勉強の成果もむなしく、大学受験に落ちてしまいました。。

なんて人がいたら、とんでもないおっちょこちょいですよね。。笑

しかし実はこれに似たおっちょこちょい、アジリティのトレーニングにおいて非常によくみられるんです。

前回の内容

その前に前回の復習です。

アジリティという能力は「方向転換スピード」と「知覚・意思決定要素」によって構成されるオープンスキルである。

現場では方向転換スピードのことをアジリティと読んだりもしてややこしいので、この記事では
知覚・意思決定要素を伴うもの⇒「反応アジリティ」と定義
知覚・意思決定要素を伴わないもの⇒「方向転換スピード」
とする

指さし反応などの単純な反応アジリティよりも、競技に特異的な反応アジリティ(相手選手への反応など)のほうが競技パフォーマンスと関連する。

ベースとしてまずは筋力などの基礎的な能力や、方向転換スピードを高めましょう。

といった内容でした。

方向転換スピードの多様性

さて、ここからが今回の内容です。

冒頭で述べたおっちょこちょいにつていてですが、なぜそのようなことが起こるかというと

方向転換スピードを評価する方法の多様性

に原因があります。

例えば直線スピードを評価するときには
20m走、50m走、100m走
等が用いられますよね?

どのテストも「真っすぐをどれだけ速く走れるか」を評価するテストです。
距離による多少の得意不得意はあれど、20m走が速い選手は50mも速いだろうし、50m走が速い選手は100mも速いでしょう。

しかしアジリティに関しては以下のように、多様なテストが存在します。

反復横跳びと10m×5なんて、同じアジリティのテストといえど、全く動きは違いますよね。

実際にSporisら(2010) は異なるアジリティ(方向転換スピード)のテストをいくつかサッカー選手に行わせたところ、テスト同士に強い相関は認められなかったことを報告しています。

競技に必要なアジリティ

上記の図のテストで考えると、おそらく卓球選手なんかは反復横跳びのようなアジリティが必要でしょう。

バスケットボール選手はディフェンスにおいてサイドステップを用いるのでTテストのような動きが必要でしょうが、サッカー選手はどちらかというとスプリントからの方向転換のほうが重要そうですよね。

実際にサッカー選手においては競技レベル高い選手ほど10m×5のスピードが速いことが報告されています。(津越、浅井, 2010)

もしもこのような「アジリティのテストの多様性」「競技に特異的なアジリティ」のことを考慮しなかったら、最初に挙げた「受験科目でない教科をコツコツと勉強してしまう」ような現象が起きてしまいます。

このような問題を起こさないために、個人的には
「アジリティ」という言葉を使わないことをお勧めします。

(アジリティをテーマに修士の学位を取得している私が言うのもなんですけど。。笑)

バスケ⇒アジリティが必要

アジリティ⇒ラダーで高まるらしいぞ

バスケ選手はラダーをやればいいんだ!

なんて短絡的な考えは「アジリティ」なんて言葉があるから出てきてしまうのです。

卓球に必要なのはアジリティではなく「サイドステップで素早く左右に切り返す能力」

サッカーに必要なのはアジリティではなく「スプリントを用いての方向転換」

バスケに必要なのはアジリティではなく「サイドステップやスプリント、バックペダルなど様々な移動方法を用いての方向転換」

このように考えたら受験科目の間違い、スポーツの現場で言えば「競技に必要ない能力を向上させるためにせっせと無駄な時間を用いてしまうという行為」は減ってくると思います。

今一度「アジリティ」という言葉に振り回されずに、競技に必要な能力が何かを考えてみてください!

アジリティシリーズ全④回
第③回はこちら


 

 

参考文献

[1] J. M. Sheppard and W. B. Young, “Agility Literature Review: Classifications, Training and Testing,” Journal of Sports Sciences, 24.9 (2006), 919–32 <https://doi.org/10.1080/02640410500457109>.

[2] Matt Brughelli and others, “Understanding Change of Direction Ability in Sport,” Sports Medicine, 38.12 (2008), 1045–63 <https://doi.org/10.2165/00007256-200838120-00007>.

[3] Goran Sporis and others, “Reliability and Factorial Validity of Agility Tests for Soccer Players,” Journal of Strength and Conditioning Research, 24.3 (2010), 679–86 <https://doi.org/10.1519/JSC.0b013e3181c4d324>.

[4] 津越智雄浅井武, “J リーグサッカークラブにおける上位カテゴリーへの 選手選抜に関する横断的研究 ― 体力 ・ 運動能力を対象として ―,” 体育学研究, 55 (2010), 565–76.

 

 

【第61回】アジリティの本質を理解する①段階的な習得

今回から数回に分けて「アジリティ」について書いていこうと思います。

書こう書こうと思いながらすっかり後回しになっていました。

というのも、普段このブログではトレーニング科学全般やスポーツ傷害のことなどについて幅広く書かせていただいているのですが、私の大学院時代の研究分野は「アジリティ」だったので。

続きを読む 【第61回】アジリティの本質を理解する①段階的な習得