トレーニング科学に限らず、科学的なデータというものは多くの場合(英語の)学術論文の中にあります。

日本人の研究者であっても、素晴らしい研究を行ったら世界中の人へ認知してほしいので、わざわざ英語で書くことが多いのです。

もちろん、日本語であっても科学的トレーニングに関する素晴らしい書籍・参考書はたくさんあります。

ただしそれらの書籍も英語の論文から得られた情報をもとに書かれていることが多く、言わば科学的なデータの伝言ゲーム(執筆者のフィルター、解釈を通したデータ)になっているということです。

それにそのような書籍のみを参考にしていると、たまたま日本語の書籍で出版されたデータにしか触れることができません。

逆に、英語の論文を探せる、読めるとなると
・フィルターを通していない、生のデータに触れることができる
・こんなデータないかな?と思ったものをすぐに探すことができる
と、トレーニング指導者にとっては大変なメリットになります。

しかしながらその学術論文を読もうと思ったら
・求める学術論文を探すことができる
・最低限の英語を理解する
・最低限の統計学を理解する
この3つの壁を超えなければいけません、、

 

大学院で研究を行えば英語の先行研究を探すことが必須ですので、(まともに研究活動を行えば)これらの壁は自然と乗り越えられます。

しかしながら大学院に行かなければ論文が読めるようにならないかと言われると、必ずしもそうではありません。

ちょっとしたコツと、少しの努力で、論文の大枠は理解することができます。

(深い部分への批判的な解釈ができるようになるまではもう少し努力が必要ですが。。)

そこで当ページでは、学術論文を読めるようになりたい!というトレーニング指導者の方のために、その3つの壁の越え方をご紹介します。

目次
①学術論文とは?
②学術論文の探し方
③学術論文の読み方
③-1.英語の読解
③-2.統計学への理解

①学術論文とは?

学術論文とは科学的に収集された研究成果が記してある文章であり、多くの場合査読(研究者による審査)を通して学術雑誌に掲載されています。

種類としては主に

・原著論文

・レビュー論文

等が挙げられます。

 

原著論文

以下のような体裁をとっていることが多く、1つの研究(実験、調査、インタビュー等)について論述されています。

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緒言、考察については著者の意見を含むものになっているますが、きちんと筋の通った主張かどうかは査読の際にチェックされています。

 

論文を読む際に注意しなければいけないのが、その論文で得られた結果がどのような研究手法で得られたものかということ。
以下の図をもとに説明していきます。

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事例研究

例えば、「中学生3人にあるトレーニングを半年間やらせた結果こうなりました」というのが事例研究です。

その結果、みんな50m走のタイムが早くなったとしましょう。

でも3人だったらたまたまの可能性もありますよね?

それにトレーニングの成果ではなく、成長期の発育のおかげで速くなった可能性も。

このように、個人差や、その他の要因による可能性を排除できないのが事例研究の弱いところです。

 

観察研究

例えば、「アンケート調査と体力測定の結果、運動が好きな子ほど運動が得意という結果が得られました」というのが観察研究です。

このように2つの物事に関してなにかしら関係性があるぞ、というのを相関関係といいます。

ただ、これは
運動が好き⇒運動が得意になった
のか
運動が昔から得意⇒運動が好きになった
かは分かりませんよね。
このように相関関係では関係性の向きが分かりません。

しかし同じ観察研究でも、ある時点でアンケート結果をとった後、数年の追跡調査でその後の体力測定の数値がどう変わったかを見る前向き研究であれば、その関係性の向きははっきりしてきますよね。
(それに対して、現在や昔の事象のみを対象とするものを後ろ向き研究と言います)

また、観察研究においては2つの数値の関係性を見るだけでなく、2つの群間における(例えば、怪我が発生した群としなかった群などの)特徴の違いなどを見ているものもあります。

ランダム化比較実験

上にあげた事例研究と同じトレーニングの内容であっても、

・被験者を数十人に増やす
・同じような被験者でトレーニングを行う群(介入群)、行わない群(コントロール群)にランダムに振り分ける
・介入群とコントロール群での介入前後での足の速さを統計的に分析する

等を行えば、個人差や、他の要因を排除できますよね?

このような研究をランダム化比較実験(RCT)と言います。

原著論文の中ではエビデンスレベルが最も高い研究手法です。

一方、コントロール群(トレーニングを行わない群)をランダムに振り分けないもの、例えば、チームAはトレーニングを行って、チームBはトレーニングを行わないなどの実験を非ランダム化比較実験(準実験)といいます。
これでは変化の原因が明確にトレーニングのおかげとは言えない(例えば、変化の原因がトレーニングではなくチーム練習の違いにあるなど)ので、RCTよりはエビデンスレベルとしては落ちます。

レビュー論文

レビュー論文とは、新しい研究が行われたものではなく、今までの研究についてまとめたものです。

ナラティブレビュー(Narrative Review)

ある分野における今までの研究をつらつらと並べ、その研究結果について説明したもの。論文の抽出方法等が定義されていないため、恣意的な論文選びができてしまい、著者の主観も大きく入ってきます。

 

システマティックレビュー(Systematic Review)

論文の抽出方法も正確に定義し、その定義に当てはまる論文を世界中から集めるため、著者の主観が限りなく入らないようにしています。

さらに集めた研究結果をひとまとめにする統計手法、メタアナリシス(メタ分析)が、論文の中では最もエビデンスレベルが高いとされています。

当ページの画像での研究紹介も、このエビデンスレベルを右上に表示して紹介してあります。

研究紹介のページはこちら

 

②学術論文の探し方

 

論文検索サイトを利用する

一般の方が論文を探す場合、この方法が一般的です。

おすすめのサイトとしては
Google Scholar
PubMed
CiNii(日本語)
等があります。

インターネットでこれらのサイトを検索し、そのサイト内で気になる情報を入力し、検索してみましょう。

・キーワード
・著者
・論文タイトル
・ジャーナル(学術雑誌)タイトル

 

検索してみましょう

例えば、「スクワットが大事とか聞くけど、本当にスクワットと足の速さが関係あんの?」という疑問があれば、「Squat sprint」とGoogle scholarで検索してみましょう。

GoogleでGoogle Scholarと検索↓

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Google scholarでsquat sprintと検索↓

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PDF入手可能な論文発見(3番目)。ここをクリックすればPDFをダウンロード可能です。        1番上「Strong correlation~」もクリックしてみると。。

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一番上の論文もPDFファイル入手可。ダウンロードすれば読めます。

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同様の方法で日本語で検索すれば日本の論文を探すことも可能です。
(スクワット スプリント)

PDFが入手可能な論文と、そうではない論文があります。
どんなデータでも無料で手に入るほど甘くないってことですね。。

 

最後に、無料では手に入らなかった学術論文を探す方法をお伝えします。

 

研究機関・教育機関に所属し、そこのデータベースを利用する

研究期間や教育機関(大学)のデータベースを使えば、より多くの学術論文が無料でダウンロードできます。

学術雑誌を発刊している機関・学会に所属する。個別に論文を購入する。

学術論文というのは多くの場合、学術雑誌に掲載されています。

その学術雑誌を発刊している団体に所属すればそこに掲載されている学術論文が読み放題になったりします。

もしくは団体に所属せずに単体での論文の購入も可能でしょう。

ちなみに私はJournal of Strength Conditioining Researchという学術雑誌をよく読むので、NSCA(英文会員)に登録しています!

③学術論文の読み方

さて、論文を探すことができました。1つ目の壁は超えました

しかしあと2つの壁、「英語の読解」と「統計学への理解」がまだ残っています。

その乗り越え方を以下に説明します。

③-1. 英語の読解

やはり英語の文章を読むときに壁となるのは、「分からない単語」でしょう。

論文のような特殊な単語が出てくる文章であればなおさら。。

1つ1つ分からない単語があれば辞書で確認しながら読み進めるのがやはり英語の勉強としては1番でしょう。

しかし「勉強」ではなく「論文を読むこと」を目的とする場合は、もう少し楽をしましょう!

単語翻訳ソフトの活用

私自身、大学院生時代、この2つ目の壁「英語の読解」にぶち当たりました。

そのときたまたま見つけたソフトのおかげで、大分英語の読解が楽になりました。

WeblioというフリーソフトをPDFファイル(Adobe Readerで読む場合)、もしくはGoogle Chromeに組み込むことで
、以下のように英単語を選択しただけで単語の意味が表示されるようになります。

もちろん、最低限(中学レベル)の文法の知識があるのが大前提ですが、これだけで翻訳作業は大分楽になります。

ある程度同じジャンルの論文を読んでいけば、いつの間にか良く出てくる単語の意味は覚えられますしね。

以下にダウンロード用のリンクを貼っておきますので、是非活用してみてください。

PDF(Adobe Reader)に組み込む

Google Chromeに組み込む

それでも翻訳は難しいよ。。という方は、最終手段、論文の本文をまるまるGoogle翻訳にぶち込んじゃいましょう

細やかなニュアンスは把握できないかもしれませんが、翻訳にぶち込んだ論文のが概要と、結果で示されている図や表を見るとなんとなく理解できるはずです。

そしたら論文からデータを得るのが楽しくなってくる(はず)ので、細かい部分まで理解すことをモチベーションに英語の勉強を始めましょう!

(やはり最終出来には翻訳ソフトを使わずに読めることを強くおススメします)

③-2. 統計学への理解

英語はこれで壁は乗り越えられそうです。

最後に統計学を理解すれば、論文の内容の大枠は理解できます。

トレーニング系の研究の多くは
・群間の差があるかないか
・2つの数値の間に関係性があるかどうか
を検証している場合が多いです。

このことを理解したうえで、まずはAbstract(要約)と図を見てみましょう!

(例)群間の差があるかないか

Ronnestad et al, 2011
EFFECTS OF IN-SEASON STRENGTH MAINTENANCE TRAINING FREQUENCY IN PROFESSIONAL SOCCER PLAYERS

タイトルを読んで分かる通り、この研究では
シーズン中のトレーニング頻度がサッカー選手に与える影響について検証しています。

Abstract(要約)も、先ほど述べた
・Introduction(緒言:研究の背景、意義)
・Method(方法)
・Result(結果)
・Discussion(考察)
といった流れになっています。

まずはざっと読んでみてください。
PDFファイルはこちら

解説

緑で線を引いた部分がMethodですね。
プレシーズンでは皆同じ頻度でトレーニングを行い、
インシーズンで週1回行ったグループと(Group2+1)
インシーズンで2週に1回行ったグループ(Group2+0.5)
で比較をしているようです。

ちなみに、ここに書いてあるnというのは被験者数を示しています。

続いて、赤、青の部分は結果を表しています。
プレシーズンのトレーニングでは「筋力、スピード、ジャンプ力が向上した」と。

その後の青の部分では、
Group2+1では筋力、スピードが維持されたが
Group2+0.5では筋力もスピードも落ちた(p<0.05)

となっています。

ここで示されているp<0.05(p値が0.05より小さい)というのがポイントで
これは「この結果は偶然じゃなさそうだ!」ということを示しています。
もっと詳しく言うと
「向上(トレーニング前とトレーニング後の差)が起きているけど、これが偶然で起きている確率は5%以下だ!」
ということになり、これを「有意差」と言います。
このpが<0.01になると、その差が偶然で起きている可能性が1%以下だ。ということになります。

論文の中では、だいたいp<0.05のときに有意な差として扱います。

つまり、群間の数値(グループ間、介入前後の差)を比較している研究であれば、このpという数字を探して
p<0.05であれば有意差あり
p>0.05であれば有意差なし
であることが多いということです。

このp値を求める分析には
T-test(2群間の比較)や
一元配置分散分析 (one way ANOVA)(3群間以上の比較)といったものがありますが、
共通してp<0.05であれば、統計学的には「有意差あり」となります。

とりあえずpを探しましょう。

そしてその結果については、本文中に図で示されていることが多く、それを見ることでもっと直感的に理解することができます

先に紹介したランダム化比較実験の多くは、このような比較(コントロール群vs介入群、トレーニング前vsトレーニング後)を行うことが多いです。

また、観察研究においても2つの群の違い(スタメンの選手とベンチの選手の体力レベルの違いなど)を分析する場合はこのような統計手法を用います。

(例)2つの数値の間に関係性があるかどうか

一方、そのような2群間の比較以外にも、2つの数値同士の関係性を分析する統計手法もあります。

例えば、13人の選手のスクワットの最大挙上重量と、スプリントスピードの関係性を見ようとした時には、各選手の数値を以下のような図に点を打つと、その関係性が見えてきます。

例えば、選手Aはスクワットの最大挙上重量が170㎏で20m走のタイムが2.91秒だったとします。
選手Bはスクワットの最大挙上重量が125㎏、20m走のタイムが3.15秒です。

この図から、スクワットの挙上重量が高いほどスピードが速いことが直感的に分かります。

ただその直感的な解釈だけでは不十分なので、この2つの数値の関係性を統計学的に分析する必要があります。

そのときによく用いられるのが「ピアソンの積率相関分析」で、
相関係数(Correlation Coefficient)(単位:r)が求められます。

上の図では、R²が0.759となっているため、rは0.87になります。
ただ、線の傾きがマイナスになっている(スクワットの数値が大きいほど、20mタイムの値は小さい)ので、r=-0.87になります。

またこの分析でもp値が求められ、群間比較同様p値が0.05以下であれば、
「この2つの数値の関係性は偶然じゃないよ(偶然でこのような関係性になる確率は5%以下だよ)」ということになります。

※この数値は実際の研究の数値ではありません!

まとめ

以上が
・論文を探す
・英語の読解
・統計学への理解
の3つの壁の超え方になります。

ここでご紹介した情報で「論文の内容の大枠」は理解できると思います。

まずは興味のある分野から研究を探してみてください。

トレーニング指導者として浮かんでくる疑問は、だいたい世界中の研究者(兼 有能なトレーニング指導者)の皆さんも過去に疑問に思って、研究・検証してくれています。

最初は苦労するかもしれませんが、論文を読んでいけば、英語の読解のスピードも上がります。

ここで紹介した統計手法はごく一部ですが、基本的な概念は同じ(差があるのか、関係性があるのか)ですし、分からない統計的な手法があっても最近はGoogleが教えてくれます。

「研究結果への批判的な解釈」ができるようになると、もっと研究を読むのが楽しくなってきます。

実体験としても、最近はWarm Upに関する研究を読み漁って、自分のジャンプ力の測定前に最高の科学的なアプローチ(PAP、Antagonist-Stretch、Increasing Muscle Temperature)をしたら、それだけでジャンプ力が12㎝も上がりました。やっぱ科学ってすげーわ。

「研究」というものを毛嫌いせずに、是非もっと多くの人に研究に親しくなってほしいです。

お医者さんが医学系の論文を読むくらい、弁護士が六法全書に精通しているくらい、トレーニング指導者も研究に親しくなれば、もっとこの職業の価値が上がるんじゃないかなーと、勝手に思っております。

長くなってしまいましたが、これがこのサイトを運営している目的で、僕の願いです。

ブログ記事、画像の研究紹介も読んでいただきたいですが、みなさん自身で論文を読むことにもチャレンジしてみてくださいね!

Training Science:佐々部孝紀(ささべこうき)