【第64回】アジリティの本質を理解する④やっぱり筋力が必要

アジリティシリーズも今回がラストです!

さて、前回の内容は少し専門的になってしまいましたが、こんな感じでした。

様々な方向転換動作があるが、どのような動作であっても地面反力を水平に近づけることは重要。

そして地面反力を水平に近づけるには
・進みたい方向に身体を傾ける
・足を重心から遠い位置につく
・重心を落とす

などの方法がある

今回は中・高レベルの物理の知識を用いて、このような効率的な動作(地面反力が水平に近づくような動作)をするにはそもそも筋力が必要だよねということを解説していきます。

合成ベクトルについて

ベクトルとは、力の大きさ・向きを表したもので、よく矢印で示されます。

また合成ベクトルと呼ばれるものもあり、これは2つ以上のベクトルを合わせたものです。
例えば下の図のように①のベクトルの力と②のベクトルの力が加わると、合わせて③のような力が物体に働くことになり、これを合成ベクトルと呼びます。

 

 

アジリティに関わるベクトル

身体運動中にも身体には複数の力が加わっており、これをベクトルで表すことができます。

代表的な力に
・重力
・地面反力(GRF)
が挙げられます。

もちろん、方向転換動作(アジリティ)にもこの2つのベクトルは非常に強く関係しています。

まず前提として
下肢の筋力が強い選手ほど大きな地面反力を受けることができます。

これは当然ですよね。脚で強く地面を押すから地面反力は強くなるので。

以上の知識を踏まえてアジリティについても考えていきましょう。

下図のAの場合、重力(赤いベクトル)と地面反力(青いベクトル)の合成ベクトルが紫のベクトルになっており、この状態では真横に加速することができます。
(ベクトルの合成が分かりやすいように地面反力と同じ大きさ・向きのベクトルを水色で示しています)

一方、Bの地面反力は、Aの地面反力よりも小さいですが向きは同じです。
この場合は図の通り、合成ベクトルは斜め下を向いてしまい、うまく側方に加速できません。(身体全体が落下するので、すぐに進行方向の足がついてしまいます)

そのため、大きな地面反力を得ることができない選手(言い換えると、筋力の弱い選手)はCのように地面反力の方向を垂直方向に近づけざるを得ません。
その結果、必然的にAに比べて側方への合成ベクトルも小さくなってしまいます。

※方向転換前に身体に加わっている慣性についてはここでは無視しています。またここでは身体を1つの物体と考え力はすべて重心に加わるとし、回転モーメントも無視しています。

筋力があるから地面反力を水平に近づけられる

前回の記事では「効率的な方向転換動作を行うには地面反力を水平に近づけることが重要」だと述べました。

そのため「じゃあアジリティを高めるために、地面反力を水平に近づけられるような動作を習得しよう!」という発想に至り、いわゆる「動作のトレーニング」を行う、といった考えになるかもしれません。

しかしながら先ほど説明した通り、物理学的に考えて
そもそも地面反力を水平に近づけるためには大きな地面反力が必要です。

言い換えると、効率的な動きをするためにはそもそも筋力・パワーが必要なんです。

さて、これだけだと机上の空論になってしまいますので、ここで1つエビデンスも示しておきます。

Spiteriら(2013)は筋力の強い被験者と筋力の弱い被験者に対して方向転換動作(45°のカッティング動作)を行わせ、その時の地面反力を測定しています。

その結果、筋力の大きな選手の方が地面反力がより水平に近づいており、方向転換後の離地速度も有意に速かったことを報告しており、上記の仮説とも一致しています。

やっぱりまずは筋力を鍛えるべき

一方、筋力を鍛えてもそれを効率的に使えなかったらアジリティは向上しない可能性もあります。

第①回の記事でも解説した通り、
①筋力やパワーをつける
②方向転換スピードを向上させる
③反応アジリティを高める
④競技特異的な反応アジリティを高める

といった段階的なトレーニングも有効でしょう。

しかしながらサッカー選手において長期的なウエイトトレーニングを行った結果、特別に方向転換のトレーニングを行っていなくても、ウエイトトレーニングを行っていない選手よりも方向転換スピードが向上したといった報告もなされています。(Keiner et al, 2014)

これは、ウエイトトレーニングによって筋力やパワーが高まり大きな地面反力を得られるようになったことで、サッカーの練習中に自然と効率的な動作(地面反力を水平に近づけるような方向転換)を身につけたためだと考えられます。(実際に地面反力を測定しているわけではないので断言はできませんが)

逆に、サッカーやバスケとボールなどの練習だけでは筋力やパワーの向上は望めないので、やはりウエイトトレーニングは方向転換スピード、アジリティを高めるのには必須です。

まとめ

4回にわたるアジリティシリーズもひとまずこれでおしまいです。

専門家向けの記事なので、選手・コーチの方々には少し難しかったかもしれません。

結局いろいろ理論や考えかたはあるけど、とりあえず筋力やパワーを高めなきゃどうしようもないですね。というなんとも普通な結論です。笑

ただ、「普通=簡単ということではない」ですよね。

いかにその普通にこだわれるかがS&Cの醍醐味だと思います。

報告

先日、無事にNSCAの関西ADセミナーを終えました。

多くの方々にお越しいただき、誠に感謝です。

反省としては、伝えたいことが多すぎて、少し話が駆け足になってしまったことですかね。。

これを経験に次回以降はより良いものを提供できるように精進して参ります!

 

参考文献

  1. Keiner, M, Sander, A, Wirth, K, and Schmidtbleicher, D. Long-Term Strength Training Effects on Change-of-Direction Sprint Performance. J Strength Cond Res 28: 223–231, 2014.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201401000-00029
  2. Spiteri, T, Cochrane, JL, Hart, NH, Haff, GG, and Nimphius, S. Effect of strength on plant foot kinetics and kinematics during a change of direction task. Eur J Sport Sci 13: 646–52, 2013.Available from: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24251742

 

【第63回】アジリティの本質を理解する③効率的な方向転換に必要な動き

前回の記事では「アジリティ(方向転換動作)」にはいろんな種類があるから、必要なアジリティをチョイスしなければだめ!という説明をしました。

とはいったものの、Tテストであろうが10m×5であろうが、
どのような方向転換動作にも「減速」「ストップ」「再加速」というフェイズは含まれています。

そのため各テストに共通して必要なキネティクス(動力学:力発揮の方向、大きなど)が存在し、そのキネティクスを達成するために必要なキネマティクス(運動力学:動き方)が各テストで異なっていると僕は考えています。

「???」

という読者の方もいるかもしれないので、順を追って説明していきます。

地面反力(GRF)

地球上で上に跳んだり、前方に加速したり、ストップしたりできるのは地面に力を加えて逆向きの力(地面反力)をもらっているからです。

例えば、地面を下に押すと身体は地面から上向きに押されます。

地面を後ろに押すと身体は前方に押し出されます。

走っているときに足を前に出して踏ん張ると身体は後ろ方向に押されるのでストップができます。

 

下肢の筋力・パワーを鍛えることによって地面を強く速く押すことができるようになる≒大きな地面反力をもらうことができるようになる。

そのため下肢のレジスタンストレーニングによって身体能力が向上するのです。

しかしながらスプリントなどの水平方向への力発揮においては、大きな地面反力をもらうことだけではなく、どの方向への地面反力をもらうかも重要になってきます。

実際にMorinら(2011)は100m走と地面反力の角度についてのデータを収集し、100m走が速い被験者ほど平均して地面反力をより水平に近い角度に維持していたことを報告しています。

また同様にサイドステップを用いた180度の方向転換においても、Shimokochiら(2013)は方向転換能力に優れている被験者ほど地面反力が水平に近づいていることを報告しています。

スプリントにしろ方向転換にしろ、前後左右など水平面の動きにおいては、いかに地面反力を水平に近づけるか、言い換えると進みたい方向やブレーキの力を得たい方向の力(この場合は水平方向の力)を地面から得ることが重要であると考えられます。

水平方向の地面反力を得るためのキネマティクス

では水平方向への地面反力得るにはどうすればいいのか。

大きく分けて以下3つの方法が考えられます。

・進みたい方向に身体を傾けること

・足を重心から遠い位置につくこと

・重心を落とすこと

進みたい方向に身体を傾ける

Kugler and Janshen(2010)は短い距離のスプリントの場合、身体をより前方に大きく傾けているほうが、より大きな前方への地面反力が得られることを報告しています。

また、5m×2の180度の方向転換動作においてもSasakiら(2011)が上記の研究同様、方向転換後の進行方向により身体が傾いている被験者ほど方向転換スピードが速かったことを報告しています。

また、この研究では重心高は計測していなかったのですが、図のように身体を傾斜するのに伴って重心が低くなるし、重心に対する足の接地位置も遠くになることが予想できますよね。

足を重心から遠い位置につく

上記のように身体を傾斜することで自然と足の接地位置は遠くなると考えられるのですが、身体の傾斜といった戦略をあまり使うことのできない方向転換もあります。

例えば、バスケットボールなど比較的狭いコートの競技で用いられるサイドステップでの方向転換では、身体を進む方向に傾斜させて移動すると、逆方向に振られたときに対応が遅れるので好ましくありません。

そのためこのような方向転換では、股関節を適度に外転(左右に開く)することによって足の接地位置を遠くし、地面反力を水平に近づけることができます。

実際にサイドステップでは股関節が外転するほど地面反力が水平に近づくことも明らかとなっているのですが(Inaba et al, 2013)、かといって足を開き過ぎると下肢の屈曲伸展をうまく使えないですし、次の動作(スプリントなど)への移行もしづらいですよね。。
適度にというのがポイントです。

重心を落とす

先述したShimokochiら(2013)のサイドステップの研究では地面反力の解析だけでなく動作解析も行われ、方向転換能力の優れている選手ほど地面反力が水平に近く、なおかつ重心が低いことが報告されています。

上記のInabaら(2013)の研究と統合して考えると、サイドステップでの方向転換においては身体の傾斜をあまり用いることができないので、
・股関節の外転
・重心の低下(下肢の屈曲)
2つの戦略によって地面反力を水平に近づけることができると考えられます。

まとめ

前回の記事で紹介した通り、方向転換動作(アジリティを評価するテスト)は複数存在し、それぞれで求められる能力は違う。

しかし「減速」「ストップ」し「再加速」を行う課題であるというのは共通なので、どのような方向転換動作であっても地面反力を水平に近づけることは重要。

そして地面反力を水平に近づけるには
・進みたい方向に身体を傾ける
・足を重心から遠い位置につく
・重心を落とす

といった戦略が考えられ、方向転換動作の特性に合わせて適したテクニックを採用する必要がある。

以上になります。

さて、次回でアジリティシリーズはラストの予定です。

ネタバレになってしまいますが「効率的な方向転換動作というものがあるものの、それを行うにはやっぱり筋力が必要」といった内容です!

ではお楽しみに~

アジリティシリーズ全④回
第④回はこちら

佐々部孝紀


参考文献

Jean Benoît Morin, Pascal Edouard, and Pierre Samozino, “Technical Ability of Force Application as a Determinant Factor of Sprint Performance,” Medicine & Science in Sports & Exercise, 2011 <https://doi.org/10.1249/MSS.0b013e318216ea37>.

Yohei Shimokochi and others, “RELATIONSHIPS AMONG PERFORMANCE OF LATERAL CUTTING MANEUVER FROM LATERAL SLIDING AND HIP EXTENSION AND ABDUCTION MOTIONS,GROUND REACTION FORCE, AND BODY CENTER OF MASS HEIGHT,” J Strength Cond Res, 27.7 (2013), 1851–60.

F. Kugler and L. Janshen, “Body Position Determines Propulsive Forces in Accelerated Running,” Journal of Biomechanics, 43.2 (2010), 343–48 <https://doi.org/10.1016/j.jbiomech.2009.07.041>.

Shogo Sasaki and others, “The Relationship between Performance and Trunk Movement during Change of Direction,” Journal of Sports Science and Medicine, 10.1 (2011), 112–18.

Yuki Inaba and others, “A Biomechanical Study of Side Steps at Different Distances,” Journal of Applied Biomechanics, 29.3 (2013), 336–45.

画像引用元
http://jp.freepik.com/index.php?goto=41&idd=36067&url=aHR0cDovL3d3dy5zeGMuaHUvcGhvdG8vMTEwNDU0
作成者:James Allen