【第38回】がんばることには意味はない

がんばることには意味はない

持論です。

「がんばることには意味はない」

最近、高校生や中学生にトレーニングの講習を行うことも多いのですが、トレーニングや栄養のことを話す前に、大前提としてこの話も必ずします。

「結果がすべてではない!」ってのはもちろん同意します。僕もトレーナーであると同時に学校の先生なので。

でもスポーツ、特に競技スポーツの場合は、「勝利」「最高の結果を残すこと」が目的です。

自分自身を高めたり、チームメイトと協力して、目標に向かって努力をしていく過程で、勝利以外のものも得ることができます。

「がんばること」に選手が意味を求めるのは、ただの逃げです。

「がんばること」に指導者が意味を求めるのは、知識不足、指導力不足への言い訳です。(自戒の念も込めて。。)

僕は努力という言葉を次のように理解しています。辞書に載っているわけではなくあくまでも持論ですが。

 

努力

努力は結果につながります。

正しい知識を持って、効率的な方法を考えながら、一生懸命がんばれば、必ず結果がでます。

相手がいるスポーツの場合は、勝利という結果を得られないかもしれません。相手のほうが才能があって、なおかつ努力もしていれば。

一方、トレーニングによる身体能力(ジャンプ力、スピード)の向上であったり、スキルの向上など、相手のいないものは、努力で必ず結果が得られます。

「努力」は結果につながるけど、「がんばり」単品では結果につながらないことが多いです。

 

意味のないがんばりから引き起こされる学習性無力感

 

しかしながら、社会に出た時は「がんばること」(忍耐力)が必要な場面もあると思います。

でも、「がんばること」だけに重きを置き過ぎると、結局がんばらない人に育つんじゃないでしょうか。

例えば、試合で負けたときに、メンタルを鍛えなおすために走り込み(がんばり)をしたとしても、それが結果(勝利、スキル、身体能力の向上)につながらなかったら、「あのがんばりに意味はあったのだろうか。。」ってなる子もいると思うんですよ。

そしてその子の頭のなかには無意識に「がんばること≠求める結果」というものが刷り込まれます。
結果、その子は将来何事に対してもがんばらなくなるかもしれません。

これを学習性無力感といいます。

がんばったら結果がついてくるなんて、ただの甘え

がんばってきたのに結果が得られなくて、くやしい思いをしてきた選手は多くいると思います。

「あんなにがんばってきたのに、なんで」って。

でも、がんばるだけでは結果なんて得られません。

例えば、守備が下手で試合に出られない野球少年が、毎日素振りを300回やったとして、試合に出られるのか?活躍できるのか?

筋力不足で身体能力が不足している選手が、毎日10㎞の走り込みで足腰を鍛えて、筋力がつくのか?身体能力が上がるのか?

自分の弱点、課題と向き合わない、きちんと身体のことを学ばないで、ただがんばるだけで結果なんてついてくるわけありません。

考える=楽をする ではない

「しっかり頭を使ってやろう」と言うと、「いやそれよりまず全力でがんばれよ!」って返事が返ってくることもあるかと思います。もちろん、効率だけを求めて全力を出さなければ、最高の結果なんて得られません。

でも最高の努力というものは、最高のがんばりと、最高の効率によって達成するものなので、最高の結果を求めようと思ったら、がんばりも、頭をフル回転させることも必要です。

先ほどの学習性無力感の話とは逆に、最高の努力をすれば、必ず最高の結果がついてきます

結果的に「努力=求める結果」というものが無意識に刷り込まれると思います。
さらには、がんばることだけに価値をおいてがんばってきた人たちよりも、「がんばり=求める結果」ということが頭の中に刷り込まれるのではないでしょうか。

選手の心構え

選手自身、「がんばるだけじゃ結果なんて得られるはずがない」と心に留めておくべきでしょう。

試合の勝ち負けは、そのときの運もありますが、がんばってても自分の成長が感じられない場合は、がんばりの方向が間違っている可能性もあります。

そのときは一度足を止めて、
まずは身体のこと・競技のことを学んで正しい知識を得てください。
そして、頭をフル回転させて効率の良い方法を考えてください。
1人では難しい場合は、適切な指導者、アドバイザーを探してください。

指導者の役割

指導者の役割は、競技スポーツの場合は、選手を試合で勝たせることです。

学校教育の側面からいうと、スポーツを通していろいろなことを学ぶこともあるかもしれません。

でも、結果から目をそらして、「がんばること」だけに目を向けると、結局がんばらない子供を育ててしまうこともあるんじゃないでしょうか。

結果を出すこと、人間育成、スポーツを好きになってもらうこと、これらの達成のためには、どれも指導者の正しい知識、考える習慣をつけるための問いかけ、がんばれる環境づくりが必要だと思います。

そして何より、指導者自身が努力を通して成長した経験を持っていることじゃないでしょうか。

 

 

「良い教師の条件:常に自己研鑽に励むこと」
学生時代、確か教職の授業でこのような言葉を聞いたときに、「???別に現状で教え方が最高にうまけりゃいいんじゃね?」と思ったことがありましたが、教師生活2年目の終わりでようやくこの言葉の意味が分かってきた気がします。

「大人」ってなんだか「完成した人」みたいなイメージがあるけど、教師はそういう意味では常に「子ども」でいなけりゃいけないのかなって思います。

そういう意味では、自分でいうのもなんですけど、僕は教師に向いてるんじゃないでしょうか。笑

まだまだ人間的には未熟な点は多々あるのですが。。こどもなので。。

ひとまず3月までに垂直跳び75㎝、20m走2秒台を達成するために今日も今からトレーニングがんばります~

 

 

 

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