【第86回】トレーナーは競技動作を指導するべきではない?

その競技の技術を指導する職業を何というでしょうか。

「コーチ」ですよね。

当たり前のことですが、「トレーナー」と言われる人は、技術的なものにあまり口を出すべきではありません(もっとこう投げたほうが良いよ!もっとこう蹴るべき!とか)。

もしもトレーナーがそこまでできるのであれば、この世にからコーチ(スキルコーチ)という職業がなくなっても困らないということですよね。

一方で、その競技動作が傷害の発生のリスクになるようであれば、コーチに助言をすることはありかもしれません。

またコーチや選手が目指している動作があり、その動作を行うために必要な体力要素の鍛え方を教える、というのはトレーナーの仕事でしょう。

ここでそもそも、トレーナーとはどんな仕事なのか?を考えてみましょう。

このように、怪我をした選手と関わったり、治療やケアがメインのトレーナーもいれば、トレーニング指導が主な仕事のトレーナーもいます。(ちなみに僕の主な仕事はATとストレングス&コンディショニングコーチです)

一方で予算の限られたチームの場合は、PTや治療家の方がメディカル面のサポートをしながら、トレーニング指導もしているというチームも少なからずあるようです。(そのトレーナーの方がトレーニングについても深く学んでおり、「PT兼トレーニング指導者」「鍼灸師兼トレーニング指導者」として活動しているのであればまったく問題ありません)

ただ、先ほどとは矛盾するのですが、実はトレーナーが競技動作をプログラムに組み込む場合もいくつかあるのです。

トレーナーが競技動作をプログラムに組み込むパターン①リハビリ中

まずこちらの図をご覧ください。

これは選手が怪我をしてしまい、競技復帰、さらなる競技力向上に向かっていく図です。

メディカルリハビリテーションとは、まずは日常生活を普段通り送れるようになるまで回復させるリハビリのことです。
手術後等、日常生活を送るのも難しい場合は病院でこのメディカルリハビリテーションを行います。
一方で、日常生活を送れる程度のレベルでは競技復帰は難しいので、そこから競技復帰をできる状態まで戻すリハビリのことをアスレティックリハビリテーション(アスリハ)といいます。

一方で軽めの足関節捻挫などで、受傷直後も日常生活を送ること自体には制限はなく入院などを行う必要もない場合は、メディカルリハビリテーションを行うことなくアスリハから開始します。

この2つのリハビリを、まとめてリコンディショニングと呼ぶこともあります。

一方で競技復帰を果たした選手、もしくはそもそも怪我をしていない選手がさらなるコンディションの向上や、傷害発生の予防などをすることをコンディショニングと呼びます。

この「リコンディショニング」はメディカルスタッフを中心に行われ、「コンディショニング」について責任を負っているのは多くの場合S&Cなどのトレーニング指導者です。

さて、先ほど「トレーナーがプログラムに競技動作を組み込む場合もある」と言いましたが、それがどこかというと、この「リコンディショニング」中です

選手の状態を考えれば分かることですが、「リコンディショニング中」は選手はその競技への参加を100%でできていません。
そのためメディカルスタッフは、選手が競技に段階的に復帰できるよう、リコンディショニング中に競技動作に近い負荷を漸増的にかけていき(ときにはコーチと連携し)、スムーズに競技復帰をさせる必要があります。

一方で怪我をしていない選手は競技へ100%参加しています。
そのため、コンディショニングのプログラムの中に、競技に近い負荷をかける必要はあまりないでしょう。(それだったらシンプルに練習時間を増やせばいいですよね?)

練習に100%参加している場合は、「競技に必要なんだけど競技練習だけでは得られない刺激」を加える。
そのため、コンディショニングのプログラムは競技特異性を分析する必要はあれど、競技と似た刺激を加える必要はありません。

トレーナーが競技動作をプログラムに組み込むパターン②アジリティ指導

コーチの役割は「技術指導」

トレーナー、特にトレーニング指導者の役割は「体力要素の向上」

です。

この「体力要素」の中にはジャンプ、スプリント能力なども含まれますので、陸上競技の指導などでない限りそれらの動作の指導もトレーニング指導者の役割です。

さて、ここで「体力要素」の中で比較的「技術」に近いものがあります。

それはアジリティです。

アジリティというのは実は非常に幅が広く、『サイドステップでの切り返し』『スプリントでのターン動作』『バック走からの方向転換』などでは、まったくと言っていいほど異なるものだと考えられます。
実際に、複数のアジリティテストを実施したところテスト間に有意な相関はみられなかったといった報告もあります[1]。

アジリティが「技術に近い」と述べた意図としては、スプリントやジャンプ力と違って競技に特異的なアジリティを鍛える必要があるから(=その競技特有の動作だから)です。

もっと身近な言葉で説明すると、バスケットボールやハンドボールであればディフェンスフットワークの練習をしますよね?
あれらの動きこそ「競技に特異的なアジリティ」の1つだと僕は考えています。

そのため、場合によってはトレーニング指導者がフットワークの指導をする場合もありえるのです。(もちろん、コーチとの連携ありきですが)

まとめ

基本的に競技動作の指導をするのはコーチの仕事ですが、トレーナーが自身のプログラムの中に競技動作を組み込む場合もいくつかはあります。

①リコンディショニング中

②アジリティ動作指導の一環として

もちろん、リコンディショニングの軸となるのは損傷した部位の治癒促進や弱った機能の回復、傷害の原因となった動作の改善でしょう。
しかし競技復帰へのつなぎ目として、競技動作に近いものをプログラムに組み込む必要もあります。

コンディショニング(トレーニング)の軸となるのは、基礎的な筋力、パワー、心肺機能などの向上、そして基礎的なスプリント能力やジャンプ力の向上。
一方でアジリティに関しては競技動作を考慮した動きをチョイスする必要があるので、コーチと連携しながらその部分も鍛える必要があります。

どちらも共通して言えるのは、専門分野のアプローチを軸として行いながらも、つなぎ目として競技動作を理解する必要があるということ。

この軸を無視して競技動作、競技動作、、と、コーチ寄りのアプローチばかりするようでは、専門家である意味がないですもんね。

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)


今のチームではヘッドATと連携しながらですが、選手に合わせたトレーニングのプログラムの中に痛みを改善するためのメニュー(アスリハ的要素)を組み込むこともあります。

それをこなして痛みがなくなった選手に「おかげで痛みがなくなりました!」と言われることもあり、そういった瞬間はすんごくうれしいです。
学生トレーナー時代とかは、それプラス心の中で(そやろそやろ~いいメニューやったろ)とか思ってたのですが、経験を積んでいくと、そもそも指示したメニューをこなさずに痛みが改善しない選手もちょこちょこ。。

なので自分でがんばってトレーニングをして結果を出した選手に対しては、最近はほんまに心から『がんばった自分のおかげやぞ~』と思うようになってきました。(若い頃も口では言ってた)

あくまでも僕らは「裏方」ですもんね。


参考資料

  1. Sporis, G, Jukic, I, Milanovic, L, and Vucetic, V. Reliability and Factorial Validity of Agility Tests for Soccer Players. J Strength Cond Res 24: 679–686, 2010.Available from: http://content.wkhealth.com/linkback/openurl?sid=WKPTLP:landingpage&an=00124278-201003000-00012

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