【第50回】肉離れのリハビリ~キーポイントは「負荷をかけること」

先日の記事で、肉離れの原因、その改善方法についてご紹介しました。

その原因に対処することで発生率を下げることは可能ですが、競技によっては100%防げるわけではありません。

そこで今回は、ハムストリングの肉離れを受傷してしまったときに、復帰までのプロセスで気をつけなければならないことをいくつかご紹介します。

基本的なリハビリの進め方

基本的なリハビリの進め方は以下のようなもの(T.O.Clanton et al, 1998)が一般的かと思います。

急性期(受傷後数日)

・RICE処置を中心に炎症(痛みや浮腫)をコントロールする

・痛みの無い範囲でストレッチを行う

亜急性期(受傷後3日~3週)

・可動域の左右差をなくす

・徐々にハムストリングに負荷をかけていく(Isometric→Concentric→Eccentric)

・バイクを用いて心肺機能にも負荷をかける

・患部外(上半身やハムストリング以外の股関節の筋)にも負荷をかける

リモデリング期(受傷後数週間)

・ハムストリングへのエキセントリックの負荷を強めていく

ファンクショナル期

・再受傷に注意しながらウォーキング、ジョギング、スプリントなどの機能的な負荷をかけていく

・再受傷に注意しながらスポーツの動作も行っていく

競技復帰

・柔軟性、筋力のトレーニングは継続する


このプロトコルで復帰は可能だと考えられますが、実はハムストリングの肉離れに関する問題は、復帰後に発生することが多いんです。

ハムストリングの肉離れは、再受傷の可能性が高い

以前の記事でも紹介した通り、一度ハムストリングの肉離れを受傷した選手はそうでない選手に比べて肉離れのリスクが高いことが報告されており(OR=2.68)(G.Freckleton et al, 2012)、その再受傷率の高さが大きな問題なのです。

また、ハムストリングの肉離れの再発率は30.6%にものぼり(Orchard et al, 2002)、そのうち
復帰後1週目:12.6%
復帰後2週目:8.1%
と、この報告では全体の再発の約3分の2を復帰後2週間以内が占めています。

これは損傷した組織それ自体の問題もあると考えられますが、それ以上に慢性負荷(手前数週間の運動量)に対する急性負荷(その週の運動量)の増加が問題だと考えられます。

 

前回の記事でご紹介した通り、慢性負荷に対する急性負荷の急激な増加は傷害発生のリスクになり得ます。

今回のケースで言い換えれば、リハビリの負荷に対して練習の負荷が高すぎることが問題になると言えます。

そうならないためには

①練習の負荷を落とす(部分的に参加し、練習量を落とす)

②リハビリの負荷を高める

の2つの方法が考えられます。

早期から負荷をかける

②リハビリの負荷を高めるうえで、どのように負荷をかけるかというのがキーポイントになります。

もちろん従来から言われている
・ハムストリングへの漸進的な負荷
・バイクを用いた有酸素的な負荷
はもちろんなのですが

・臀部のトレーニング(ヒップスラスト)

・横方向のステップ

この2つも重要な要素だと考えられます。

臀部のトレーニング

以前の記事でも紹介した通り、ハムストリングの共働筋である大殿筋の筋力が小さいことが、ハムストリングの肉離れのリスクにつながります。

ヒップスラストは膝を屈曲位で行うため、ハムストリングに大きな負荷をかけずに大殿筋の筋力を向上させることが可能であるため、ハムストリングの肉離れのリハビリにおいても早期の導入が可能でしょう。

その後のウエイトトレーニングの進め方はハムストリングへの負荷を考えたら以下のような順序が良いのではないでしょうか

ヒップスラスト→スクワット・ランジ→デッドリフト→RDL

横方向へのステップ

主に球技スポーツの話になりますが、動きの方向は大きく分けると以下のようになります。

・上下(ジャンプ、着地)
・前後(ジョギング、スプリント、バックペダル)
・左右(サイドステップ)

ハムストリングの肉離れの受傷機転として多いのは、スプリント(前方向)です(G.Freckleton et al, 2012)。

つまり、その他の方向(上下や左右、後)に関しては、前方向よりも比較的早く負荷をかけることが可能と考えられます。

実際に、ハムストリングの肉離れのリハビリにおいて
①従来通りの筋力・柔軟性のトレーニングを中心に行ったグループ
②早期にアジリティのトレーニング(サイドステップを中心)を行ったグループ
の2群間の、復帰後の再発率の違いを調査した研究(Sherry and Thomas, 2004)において

従来通りのリハ:13人中、2週間以内の再受傷者6名、2週間~1年以内の再受傷者1名
早期アジリティ:11人中、2週間以内の再受傷者0名、2週間~1年以内の再受傷者1名

という結果が示されており、早期にアジリティトレーニングを行う有効性が主張されています。
(ただ、従来通りのリハの群で7人も再受傷しているというのも問題ですが。。)

著者らは考察で
・アジリティトレーニングによる主働筋、拮抗筋の切り替えの学習
・アジリティトレーニングと平行して行った体幹トレーニングによる、骨盤のNeuromuscular Controlの向上
が再発を予防したと主張していますが、
個人的には早期からアジリティトレーニングを行ったことによる慢性負荷の積み上げによって復帰後の急性負荷とのギャップが埋まり、再発を予防できたのではと考えています。

もちろん、体幹(特に抗伸展・抗骨盤前傾に働く前面の筋肉)の筋肉の筋力強化・アクティベーションにより、間接的にハムの負荷が減ったからという可能性も考えられます。

まとめ

先ほども述べた通り、
・患部への負荷(ハムストリングの筋力強化)
・心肺機能への負荷(有酸素トレーニング)
もリハビリを行ううえで重要なのですが、

・患部外への負荷(臀部・体幹を中心とした筋力強化)
・全身への負荷(アジリティトレーニング)
も再発予防には大きく貢献します。

リハビリと言えば、マッサージや鍼、物理療法などの「治療」といったイメージを持っているアスリートの方も多いのではないでしょうか?
たしかにそれらを活用すれば、より早期の復帰が可能かもしれません。

しかし競技への復帰、特に肉離れのリハビリの場合には、「いかに安全に、しっかりと身体に負荷をかけるか」といったことがキーになります。

何より、それなりに長いリハビリ期間、せっかくなら怪我前よりも強い身体を手に入れてから復帰しなきゃもったいないですよね。

また、今回の内容がハムの肉離れをした選手すべてに当てはまるとは限りません。
(例えば、近位の肉離れであれば早期にヒップスラストを行うことは難しいでしょう)

怪我をしてしまった際にはトレーニング指導者ではなく、まずはリハビリの専門家に頼るようにしてください!

 

Hamstr ing Str ains in Athletes:Diagnosis and Tr eatment
Thomas O. Clanton, MD, and Kevin J. Coupe, MD
Journal of the Amer ican Academy of or  thopaedic SurgeonsVol 6, No 4, July/August 1998

Risk factors for hamstring muscle strain injury in sport: a systematic review and meta-analysis
Grant Freckleton, Tania Pizzari
Br J Sports Med published online July 4, 2012

The Management of Muscle Strain Injuries: An Early Return Versus the Risk of Recurrence
Orchard, John MBBS, PhD; Best, Thomas M. MD, PhD
Clinical Journal of Sport Medicine: January 2002 – Volume 12 – Issue 1 – pp 3-5

A Comparison of 2 Rehabilitation Programs in the Treatment of Acute Hamstring Strains
Marc A. Sherry, PT, LAT, CSCS, Thomas M. Best, MD, PhD2
Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy Volume 34 • Number 3 • March 2004

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