【第48回】ハムの肉離れをトレーニングで防ぐ!
日本ハムの大谷選手がモモ裏の肉離れをしたことによって、世間には様々な議論が巻き起こってますね。
中にはトレーニングのせいだなんて記事もあって、たまったもんじゃない!と言いたいところですが、確かに不適切なトレーニングや不適切なリハビリというのは肉離れにつながる可能性は否定できません。
しかしながら適切な筋力トレーニングというのは傷害の発生を1/3にまで抑えるという報告もあり(Lauersen et al, 2014)、問題なのは適切なトレーニングなのか、不適切なトレーニングなのかということになります。
ウエイトトレーニング(筋力トレーニング)を行ったとしても、そのまま競技力向上に直結するわけではありませんが、当方ではアスリートへのトレーニングは以下のようなプロセスを通して競技力向上の手助けをすると考えており、傷害の予防(怪我をしづらい身体作り)は身体能力の向上と並んでトレーニングの最も重要な目的の1つです。
基本的なウエイトトレーニングを
・正しいフォームで
・適切な強度、量で
・適切な栄養、休養と合わせて
行うこと。
それだけでも「筋力」「柔軟性」あるいは靭帯や健も含めた「関節」の強化にもつながり(Hartmann et al, 2013)、傷害の予防に貢献すると考えられます。
(意外と、ウエイトで身体が固くなる。関節は鍛えられないと思っている人って多いんですよね。。)
その基本に加えて、各傷害の原因(リスクファクター)を知ることで、さらに効果的な傷害予防が可能になります。
同じ怪我を繰り返している選手というのもスポーツ現場には多くいますが、それは症状が消えても原因が取り除けていない状態です。いうなれば雑草の根元を鎌で刈っただけで、根っこを引き抜いていない状態ということになります。そりゃまた同じ怪我をしますよね。
ハムストリングの肉離れの場合も、以下の図の黄色い部分が葉っぱ、それ以下の赤、青、緑で記したものが根っこ(発生の原因)となります。
実は、こんなに根っこが根深いんですね。。。そりゃ表面だけ刈ってもまた生えてきます(再発します)よね。
もしかしたら、まだ葉っぱが生えていないだけで隠れた根っこはあるというアスリートの方も多くいるかもしれません。
本日はこの根っこのメカニズムの解説と、最後にその根っこを取り除くためのトレーニングを紹介します!
★2ページ目:論文を基にしたリスクファクターの解説
★3ページ目:リスクファクターから考えられる予防のためのトレーニング
ハムストリングの肉離れの原因は?
ハムストリングの肉離れについての研究は数多くあり、メタアナリシス(複数の研究結果を統合した解析)も複数発表されています。
本日はその中から、FreckletonとPizzari(2012)のメタアナリシスで明らかにされたハムストリングのリスクファクターを中心にご紹介します。
年齢
年齢が高いほどハムの肉離れの発生率は高いようです。
RR(相対危険度:対照群に比べて何倍発症率が高いか)は年齢が高い選手(23~25歳以上)だと2.46倍(p<0.05)だそうです。
体重
体重の重い選手のほうが、若干肉離れのリスクは高い傾向にあるようです。
(SMD=0.94, p=0.07)
ただ、後述するように必要な部分(臀部など)の筋力は強いほうが肉離れのリスクは少なくなるので、筋トレで正しく体重を増やすことは逆にリスクの減少にも成り得るかもしれません。
H/Q比
Hamstring(ハムストリング)とQuad(大腿四頭筋)の筋力の比率で、高い→相対的にハムが強い、低い→相対的に四頭筋が強い、ということになります。
一般的にこれが低い(ハムが相対的に弱い)と肉離れを起こしやすいと言われていますが、
今回のメタアナリシスにおいてはH/Q比と肉離れの発生率の間に有意な関係が認められませんでした。
SMD=-0.50 (p=0.15)
個々の研究によってはH/Q比をリスクとして報告している研究もあるようなので、被験者特性によるということでしょうか。
※H/Qの分析に用いられた被験者のHeterogeneity(I²)は70%と、被検者特性にばらつきがあることも示されています。
H/Q比ではなくそれぞれの筋力について分析したところ
ハムストリングの筋力(Peak Torque)とハムの肉離れの発生率には有意な関係が認められず、
大腿四頭筋の筋力(Peak Torque)が高いほどハムの肉離れをする確率が高いとのことでした。
SMD=0.43(p=0.03)
一方、このメタアナリシスには含まれていない研究ですが、ハムストリングのエキセントリックトレーニングを行った群は、そうでない群と比べて肉離れの発症リスクが低下した(RR=0.43,p<0.01)という研究(Arnason et al, 2008)もあるので、疫学的に関係がなさそうだからと言ってハム自体を鍛えないのはナンセンスなようです。
Arnasonらより、Nordic Hamstring
上記のことを総合して考えると、H/Q比自体はハムストリング肉離れの予測因子にはならない(例えば、0.6以下だと危ないとかは言えない)ものの、
ハムを鍛えて、四頭筋を鍛え過ぎない(というよりは、優位に使うようなクセをつけない?)ことは重要だと考えられます。
ハムの筋力の左右差
左右のハムストリングのエキセントリック筋力の差が大きいと肉離れのリスクになるようです。
OR=3.88(p=0.03)
左右バランスよく鍛えましょう!
股関節伸展(大殿筋)の筋力不足
これは単一の研究についてで、メタ解析はかけられていなかったのですが、
股関節伸展(大殿筋)の筋力が不足すると、ハムの肉離れのリスクが増加するようです。
これは大殿筋・ハムストリングがともに股関節伸展筋であり、大殿筋の筋力が不足していると、そのぶんハムストリングに負担がかかるためだと考えられます。
既往歴
一度ハムストリングの肉離れをした選手のほうが、2.68倍の肉離れのリスクが増加するようです。(p=0.00)
これはさきほど述べたように、そもそもリスクファクターがあるから肉離れをしたわけであって、そのリスクファクターによってそもそもの受傷率が高くなっている可能性も考えられますし、肉離れで損傷した組織の強度が弱まっている可能性も考えられます。
ROM(柔軟性)
様々な部位の柔軟性がハムの肉離れのリスクファクターとして挙げられています。
ハムストリング
まずはハムストリングそのものの柔軟性。
やはりハムストリングの柔軟性(Measured by AKE(Active Knee Extension))がない選手は肉離れの発生率が高い傾向にあるようです。
RR=1.89(p=0.08)
足関節背屈可動域
なんと足関節の背屈可動域が狭い選手(和式便所でしゃがめないような足首の固さがある選手)の肉離れの確立も高いという結果でした。
RR=2.32 (p=0.05)
メカニズムについては様々な推測ができますが、ここで語りすぎると長くなりすぎるので次にいきます。。
股関節伸展可動域
これもまた面白いですよね。
これも研究数が1つなのでメタ解析はかけられていなかったのですが、
Modified Thomas Test(Gabbe et al, 2004) によって測定された股関節伸展可動域が小さい選手ほど肉離れを起こしやすい(Gabbe et al, 2006)という報告が。
股関節伸展可動域の不足が1°ごとに発症リスクは15%も上がるという結果に。
※Modified Thomas:写真の右の大腿部がどれくらい下に落ちるかで股関節伸展可動域を測定
股関節が伸展するほど大殿筋/ハムストリングの活動比率が高まることも明らかとなっているので(Worrell et al, 2001)、「股関節伸展可動域が狭い→大殿筋よりハムストリングを有意に使ってしまう」ということなのかもしれませんね。
また、単純に伸展しにくい股関節を無理に伸展させることがハムの負荷につながっているのかもしれません。
上記のModified Thomas Testでは腸腰筋を主とした股関節屈筋群のタイトネス(固さ)を見ていますが、同様に股関節屈曲筋のひとつである大腿直筋のタイトネスも肉離れのリスクになりうるようです(Witvrouw et al, 2003)。
その他
他にも
ポジション(ラグビーのバックス>フォワード、サッカーのフィールドプレイヤー>キーパー)
人種(黒人、アボリジニは受傷率が高い)
動作(ランニングでの受傷が多い)
などがリスクとして挙げられていました。
次は、リスクファクターを理解したうえで、予防のためのトレーニングに入っていきます!
肉離れを予防するトレーニングは?
前述のリスクをまとめると、以下の図のようになります。
赤が筋力不足、青が柔軟性・可動域不足(or過剰な力発揮)、緑がそれ以外の原因といった感じです。
緑の部分はどうしようもありません。
足関節の背屈可動域の改善についてはトレーニングというよりもストレッチやモビライゼーションですね(これについても今度詳しく記事にします!)
他の部分はトレーニングで改善可能なので(むしろ、赤に関してはトレーニングでしか改善できない)、予防に必要だと考えられるトレーニングを図にまとめました!
個人的に特に大事だと思うのが、RDLとHip Thustです。
RDLとはルーマニアンデッドリフトのことで、膝を軽度屈曲位で行うデッドリフトです。
先述した通り、Nordic Hamstringはハムのエキセントリックの筋力を強化することで肉離れの発生を予防する効果があるとのことでしたが、RDLもエキセントリックの筋力効果に役立ちますし、何よりその大きなROMから柔軟性の改善にも役立つと考えられます。
Hip Thrustについては以前に記事にしているので、興味のある人はそちらをご覧ください。
(【第32回】ヒップスラストでスクワットの弱点を補強する)
また、先日運営者のツイッターアカウントでトレーニング動画を紹介したので、こちら↓
たまにはトレーニング動画でも。
Hip Thrust 200kg
こちらのブログで紹介したトレーニングです〜https://t.co/h5y8O8opm1【第32回】ヒップスラストでスクワットの弱点を補/ pic.twitter.com/VKFXjQyuA1
— 佐々部孝紀(Koki Sasabe) (@tyr7bbb) April 4, 2017
膝が屈曲位なので臀部を重点的に鍛えられますし、何より臀部の活動が高まりやすい股関節伸展位で負荷がかけられるというのが大きなメリットです。
また、骨盤が前傾位になるとハムへのストレスが増すと考えられますので、腹筋群を鍛えることも有効かもしれません。実際に腹筋をアクティベートし骨盤の前傾を修正することで肉離れの症状が緩和したという症例もありますが、エビデンスとしてはまだ出ていないので上記の図には載せていません。今後の研究に期待!
まとめ
肉離れのリスクファクターに焦点を当てたアプローチを紹介しましたが、まずはその前段階として
基本的なウエイトトレーニングを
・正しいフォームで
・適切な強度、量で
・適切な栄養、休養と合わせて
行うこと。
これだけでもだいぶ肉離れは(それに他の傷害も)防げると考えられます。
基本的なことを行った次の段階として、肉離れの予防の要素を多くする場合(昨シーズンに肉離れが多発した)のS&Cプログラム作成や、
アスリハ・再発予防のための個別プログラムを組む場合に参考にしていただけたら!
参考文献
The effectiveness of exercise interventionsto prevent sports injuries: a systematic reviewand meta-analysis of randomised controlled trials
Jeppe Bo Lauersen, Ditte Marie Bertelsen, Lars Bo Andersen
Br J Sports Med 2014;48:871–877
Prevention of hamstring strains in elite soccer: an intervention study
A. Arnason, T. E. Andersen , I. Holme , L. Engebretsen , R. Bahr
Scand J Med Sci Sports, 2008
Analysis of the Load on the Knee Joint and Vertebral Column with Changes in Squatting Depth and Weight Load
Hagen Hartmann , Klaus Wirth , Markus Klusemann
Sports Med (2013) 43:993–1008
Risk factors for hamstring muscle strain injury in sport: a systematic review and meta-analysis
Grant Freckleton, Tania Pizzari
Br J Sports Med published online July 4, 2012
Reliability of common lower extremity musculoskeletal screening tests
Belinda J Gabbe et al
Physical Therapy in Sport, 2004, 5(2):90-97
Why are older Australian football players at greater risk of hamstring injury?
Belinda J. Gabbe, , Kim L. Bennell , Caroline F. Finch
Journal of Science and Medicine in Sport (2006) 9, 327—333
Influence of Joint Position on Electromyographic and Torque Generation During ~aximal Voluntary Isometric Contractions of the Hamstrings and Gluteus Maximus Muscles
Teddy M Worrell et al
Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy 2001 ;31( 12) :730-740
Muscle Flexibility as a Risk Factor for Developing Muscle Injuries in Male Professional Soccer Players
Erik Witvrouw, PT, PhD, Lieven Danneels, PT, PhD, Peter Asselman, PT, Thomas D’Have, PT, and Dirk Cambier, PT, PhD
Am. J. Sports Med. 2003; 31; 41
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