【第47回】PAP~直前の刺激でパワーが上がる?
PAPという言葉をご存知ですか?
ペンパイナッポーアッポーペンではなく、Post Activation Potentiation(活動後増強)と言われるもので、
事前に課題の動作(ジャンプやスプリント)よりも強度の高い運動(中~高強度のスクワットなど)により筋肉に刺激を入れることで、課題の動作のパワー発揮、パフォーマンスが向上する。というものです。
強い筋収縮後の活動増強の研究自体は、私が知る限りでも1980年代から行われていますが、現状「このメカニズムを利用してパフォーマンスを向上させよう」という取り組みは日本のスポーツ界においてはあまりなされていないように感じます。
(そのメカニズムを利用したスクワット→ジャンプといった、コンプレックスとレーニングはたまに行われていますが。このトレーニング変数のコントロールにもPAPの理解は必要です!)
本日はそのPAPのメカニズムの解説と、2013年のレビュー論文(メタアナリシス)からPAPにおける適切な負荷、レスト等の変数の紹介をしていきます。
PAPのメカニズム
この記事の読者の皆様は科学者というより現場の指導者、選手の方が多いと思うので、細かい生理学的なメカニズムというよりは、知っておかなければいけない概念的なメカニズムをご紹介します。
①活動した筋群の活動が増強される
まず当たり前のことですが、PAPが起きるのは、課題の動作の筋群と同じ筋群を中~高負荷で実施した場合です。
(例えば、ベンチプレススロー⇐ベンチプレス、スプリント・ジャンプ⇐スクワット)
そして前提として、PAPを引き起こすための運動は課題の動作より大きな負荷を用います。
②活動後増強は短期的なものである
トレーニングを行うことによって、長期的に身体がその刺激に適応していきます。
(数か月単位での筋量、筋力の増加など)
この長期的な適応とは別に、身体は刺激に対して短期的な適応を起こします。
分かりやすいもので言えば、ストレッチの直後は普段より身体が柔らかくなり、翌日にはまた固くなっているというものです。
しかし毎日ストレッチを行うことで身体はどんどんと柔らかくなっていきます。
前者のように、直後に柔らかく現象を「短期的適応」といい、
毎日ストレッチを行うことで筋肉が柔らかくなる現象を「長期的適応」といいます。
同様に負荷をかけたスクワットの後は神経の活動の増加などにより、パワーなどの筋機能が短期的に向上します。
しかしそれは短期的な適応なので、時間が経つと効果はなくなってしまいます。
③直後は疲労の影響により、パワー発揮は増強されない
一方で、高い負荷をかけた後、身体は一次的な疲労が蓄積します。
しかし、その疲労も時間とともに減少していきます。
そしてポイントとなるのは、上記の図のように疲労の減少は活動後増強の減少に比べて早いということです。
つまりPAPを利用するうえでは、課題の動作のどのくらい前に刺激を入れるか(レストをどれくらいとるのか)ということが非常に重要になってきます。
適切なPAPの変数
上記のレスト時間に加えて、
・負荷の重さ(限界ギリギリの高強度?少し余裕のある重さ?)
・刺激のセット数
・収縮様式(アイソメトリック?ダイナミック?)
など、様々な変数の選択が可能です。
また、PAPを用いる選手の特性(性別、トレーニング経験)によっても適切な変数は変わってきます。
そこで2013年、J.M.Wilsonらによってメタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析する研究)が行われ、PAPの適切な変数が提唱されたので紹介します。
J.M.Wilson et al, 2013
META-ANALYSIS OF POSTACTIVATION POTENTIATION AND POWER: EFFECTS OF CONDITIONING ACTIVITY, VOLUME, GENDER, REST PERIODS, AND TRAINING STATUS
先に、アスリートの読者のみなさんにも分かりやすく結果の概要を説明すると
・課題の3~10分前に
・最大挙上重量の60~85%程度のスクワットorスクワットジャンプを
・複数セット行うことで
・ジャンプ力やスプリントスピードが向上する
という結果がこの論文から得られました。
一方、選手の特性ごとに、適切なレスト時間(何分前に行うか)、セット数などは異なるので、以下に詳しく研究の結果を紹介していきます。
(分析方法は論文を参照)
数値はES(Effect Size)
(数値が高いほど効果が高い)
被検者別の効果
平均ES
→0.38(中程度)
Athlete
→0.81(中程度)
Trained
→0.29(小さい)
Untrained
→0.14(微量)
ここでいうAthleteの定義は、3年以上のトレーニング経験を持ち、なおかつ競技レベルも高い選手です。
Trainedは1年以上のトレーニング経験のある被検者。
このメタアナリシスではこのような分類がなされていますが、おそらく重要なのは競技レベルやトレーニング歴の長さというより、筋力だと考えられます。
Duthieら(2002)の研究でも、PAPで得られたパワーの向上率とスクワットの最大挙上重量との間に正の相関(r=0.66)が認められたと報告されています。
そのため、プロ野球選手であろうがJリーガーであろうが、きちんとしたトレーニングを行ってきていない選手は上記の分類のTrained、もしくはUntrainedに分類されると考えられます。
収縮様式
Dynamic
→0.42
Static
→0.35
Dynamicはエキセントリックやコンセントリックの動きを含むもの(普通のスクワットのような動作)。
Staticは静止した状態で力のみ出すようなものです。
ES同士の比較では有意差はありません(p>0.05)ので、一見どちらを用いても良いように思えます。
しかし論文内ではあまり触れられていませんでしたが、Staticの被験者数の少なさ(n=14、Dynamicはn=107)、95%CIの広さ(-0.19~0.89)を考えたらDynamicを採用したほうが無難な気がします。
※95%CI(95%信頼区間):この範囲に結果の95%がおさまりますよいうこと。ここにマイナスも含まれているので、効果なし・もしくはマイナスの場合も大いに考えられるということ。
実用性を考えたらStaticを使いたい場面もあるのですが。。
今後の研究に期待です!
負荷
高強度(85~100%1RM(Repetition Maximum:最大挙上重量))
→0.31
中強度60~84%1RM
→1.06
負荷は中強度のほうが大きなPAPを引き起こすようです。
これは大きなPAPを引き起こすというより、疲労が小さかったためPAPの効果が大きく表れた、ということかもしれません。
ボリューム(セット)
1セット
→0.24
2セット以上
→0.66
1セットのみの刺激よりも複数セットで刺激を入れたほうがより大きなPAPを引き起こすようです。
しかしながら、Untrainedの被験者に関しては1セットのほうが効果が高いようです。
これは複数セットへの疲労の耐性がないためだと考えられます。
レスト
2分以下
→0.17
3~7分
→0.54
7~10分
→0.70
11分以上
→0.02
レスト時間は3~7分、もしくは7~10分が適切なようです。
つまり、先ほども提示したこの図における「活動後増強によりパワーが向上」する範囲というのは3~10分だということが言えます。
一方、このレスト時間というのも被検者特性によって異なるようで
Athleteの場合は3~7分
Trainedの場合は7~10分
でのパワーの向上が最も大きかったようです。
これはAthleteの方が筋力が強く疲労への耐性が強いことにより、短いレストでも疲労の減少、パワーの向上が見られたためだと考えられます。
まとめ
PAPの効果量(ES)は全体としては0.38と、決して大きな数値ではないものの、レベルが高い選手(筋力が強い選手)ほどその効果は高いようです。
実際に、Athleteの複数セット(2セット~)に限定すると、PAPのESは約1.5とかなり大きい数値になっています。
前々回紹介したWUの記事でもそうですが、このようなメカニズムを知っているか知っていないか、実践するか実践しないか、ということで当日のパフォーマンスは大きく変わります。
(余談ですが先日、私自身に最適なWU&PAPを処方したところ、垂直跳びの数値が10㎝近く向上しました(n=1,プラセボ効果あり)。科学の力ってすげー笑)
WU(Warm Up)についてはこちらを参照
→Warm Upの科学~基礎編
→Warm Upの科学~球技スポーツへの応用
知識は力であり、実力の一部です。
トレーナーがこのようなことを学ぶのは当たり前ですが、アスリートのみなさんにこそこういうことを知って欲しい。
もちろん本質的にはWU,PAPにたよるだけでなく、そもそもの筋力・パワーを向上させる必要があるのですが、
知っている、ただ行うだけでパフォーマンスが上がるのに、学ばないなんてもったいない!
META-ANALYSIS OF POSTACTIVATION POTENTIATION AND POWER: EFFECTS OF CONDITIONING ACTIVITY, VOLUME, GENDER, REST PERIODS, AND TRAINING STATUS
JACOB M. WILSON, NEVINE M. DUNCAN, PEDRO J. MARIN, LEE E. BROWN, JEREMY P. LOENNEKE, STEPHANIE M.C. WILSON, EDWARD JO, RYAN P. LOWERY, AND CARLOS UGRINOWITSCH
Journal of Strength and Conditioning Research, 2013, 27(3)/854–859
The Acute Effects of Heavy Loads on Jump Squat Performance: An Evaluation of the Complex and Contrast Methods of Power Development
GRANT M. DUTHIE, WARREN B. YOUNG, AND DAVID A. AITKEN
Journal of Strength and Conditioning Research, 2002, 16(4), 530–538
急な質問で申し訳ございません。
この直前の刺激でパワーが上がるのは筋力だけでなく肺活量、心肺機能などにも効果はあるのでしょうか。よくスポーツ選手は試合前にランニングなどをする人が多いですがこれはPAPと関係があるからなのでしょうか。また関係があるならばどれくらい走るのが適切でしょうか。僕は19歳のラグビープレーヤーです。
この作用は筋肉を支配する神経やその周辺の組織で起こりますので、心肺機能にはPAPは適応されません。
試合前にランニングをするのは酸素摂取量を低強度で少し高めておくことで身体の各部位に酸素を運びやすくしておくことができるからです。
少し行きが上がるくらいの強度で5〜10分くらい運動するのがいいのではないでしょうか。
詳しい解説ありがとうございます。参考にさせていただきます。これからも頑張ってください。