【第169回】ノルハムで胸つけて戻るやつはすごそうに見えるけどトレーニングとして実施するのは効果的ではないです

機材がなくても簡単に実施できるエクササイズの1つ、『ノルディックハムストリング』

たまにSNS上の動画で、アスリートが胸を地面につけて戻ってきたりしてます。あれかっこいいですよね。憧れますよね。

しかし意外と普通に鍛錬すれば誰でも出来るようになります。僕もちょっと鍛えたら出来るようになりました。

ちょっとはウソです盛りました。肉離れを再受傷したくなさ過ぎてめっちゃやりました。ただ誰でも出来るようになるは本当です。女子でも頑張れば出来ます。

そしてトレーニングとしてあのやり方を実施するのは意味ないです。ほんとに。

ノルディックハムを実施する目的を考えよう

『意味ないです』は言い過ぎました。すみません。『あんまり効果的じゃないからやめときな』に訂正しときます。

ノルディックハムを実施する目的を考えたら、戻ってくる形をメインの方法として選択しないと思うんですよね。

5レップ実施する最初の1レップを戻る形にして力を入れる感覚を掴み、2~5レップ目を倒れて手で押す形で戻ってくるというならまだ分かります。

それではノルディックハムを実施する目的について考えていきましょう。

①肉離れの予防

ノルディックハムに関する研究は『ハムストリングの肉離れ予防』に焦点を当てた研究が多いです。

そしてノルディックハムを適切に実施すると、ハムストリングの肉離れの発生率を半減させることが出来るというメタアナリシスも報告されています(Attar et al., 2017)。

さらにGoodeら(2015)のメタアナリシスではノルディックハムの実施率をきちんと担保することで肉離れの発生率を1/3近くまで減少出来るという報告もなされています。

このメカニズムとして重要なのが
✓エキセントリック筋力
✓筋束長の増大
の2つです。

エキセントリック収縮とは筋肉が引き伸ばされながら力発揮をする運動様式になります。アームカールでいうと重りを降ろしながら上腕二頭筋が力発揮をする局面ですね。

ハムストリングにおけるこのエキセントリック筋力が小さいことが肉離れのリスクファクターとして知られています(Sugiura et al., 2008)。

そしてノルディックハムというのはコンセントリックを含まない純粋なエキセントリック運動であり、4週間のノルディックハムストリングでエキセントリック筋力の増加(ES = 0.60)が認めらています(Ribeiro-Alvares et al., 2018)。ちなみにコンセントリック筋力もES = 0.31の増加が認められています。

4週間で効果量0.6というのはなかなか大きな数字です。勉強で例えると1ヶ月勉強して偏差値が6上がるくらいのすごさ。

この変化が肉離れ予防に貢献していると考えられます。

また、筋束長の短さも肉離れのリスクファクターとして報告されており(Timmins et al., 2016)、ノルディックハムでは筋束長の増大の効果も認められています(Ribeiro-Alvares et al., 2018)。

そりゃ肉離れを防ぐ効果あるわ。

②スプリントスピードの向上

傷害予防エクササイズとしてよく用いられるノルディックハムですが、実はスプリントスピードも向上させるのではないかということも示唆されています。

Ishoiらの研究(2018)ではエキセントリック筋力の向上に加えて10m走のタイムが向上(ES = 0.64)したことが報告されています。

スプリントにおいては前方に振り出した脚を素早く引き戻すことが求められるので、エキセントリック筋力が高まることでその後の引き戻しの動作を速くすることは十分に考えられますよね。

大腿四頭筋や下腿三頭筋の筋束長の大きさがスプリントスピードと関連しているとする報告もあるので(Kumagai et al., 2000; Abe et al., 2001)、ハムストリングの筋束長の大きさももしかしたらスプリントスピードに関連しているかもしれないです。

そのためスプリントスピード向上が目的の場合も、エキセントリック筋力の向上と筋束長の増大がポイントになるかもしれません。

適切な実施方法

✓エキセントリック筋力の向上

✓筋束長の増大

この2つを達成することで肉離れ予防とスプリントスピードの向上に貢献できるかもしれないというのがここまでの内容でした。

ではその2つを効率的に達成するにはどうしたら良いのか?という話ですが、

★収縮様式

★強度

がポイントになります。

実は筋束長の増大というのは収縮様式(エキセン or コンセン)に対して特異的な反応を示します。

Timminsら(2016)はコンセントリックのみのレッグカール群、エキセントリックのみのレッグカール群の2つのトレーニングを比較したところ、エキセントリックの群はハムストリングの筋束長が増大したのに対し、コンセントリックの群は筋束長が短くなったことを報告しています。

ここから考えると、ノルディックハムに戻ってくる局面を加えてしまうと筋束長の増大効果を減らしてしまうのではないか?という懸念が生じます。

また、エキセントリックオーバーロードという概念があります。これはコンセントリックの筋力よりもエキセントリックの筋力のほうが大きいことを活かして、コンセントリックを含む1RMよりも高い強度でエキセントリックのトレーニングをするという方法です。

この方法によって筋力やスピードがより効果的に向上することが報告されています(Maroto-Izquierdo et al., 2017)。

ノルディックハムは胸をつけて戻ってこれない選手が多いので、その場合はエキセントリックオーバーロードのトレーニングなります。

一方で胸をつけて戻れるということは、その強度ではエキセントリックオーバーロードにはならないということになります。胸の前でプレートを保持するなどの工夫が必要ですよね。

Pollardら(2019)の研究では実際に普通のノルディックハムと重りを加えたノルディックハムを比較したところ、重りありのほうが筋束長の増大効果が倍近く大きかったことが報告されています。

このことから考えても、ある程度強くなったら負荷を加えるのがベターですよね。普通に漸進性の原則です。

まとめ

結論:胸つけて戻れるならそれをトレーニングとして実施せずに重りで負荷を加えろ!

今回の内容はあくまでも筋束長増大とエキセン筋力向上、それを介しての①肉離れ予防、②スプリントスピード向上が目的の場合です。

それ以外が目的の場合は戻る方法を用いても良いのかもしれませんが、その2つを目的として据えないってことあんまりないですよね。。?

書きながら頭を整理したけど、やっぱり胸つけて戻るやつは『かっこいい』以外のメリットはあんまり見当たりませんでした。

執筆者:佐々部孝紀(ささべこうき)


 


参考文献

  1. Abe, T, Fukashiro, S, Harada, Y, and Kawamoto, K. Relationship between sprint performance and muscle fascicle length in female sprinters. J Physiol Anthropol Appl Human Sci 20: 141–147, 2001.
  2. Al Attar, WSA, Soomro, N, Sinclair, PJ, Pappas, E, and Sanders, RH. Effect of Injury Prevention Programs that Include the Nordic Hamstring Exercise on Hamstring Injury Rates in Soccer Players: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sport Med 47: 907–916, 2017.
  3. Goode, AP, Reiman, MP, Harris, L, DeLisa, L, Kauffman, A, Beltramo, D, et al. Eccentric training for prevention of hamstring injuries may depend on intervention compliance: A systematic review and meta-analysis. Br J Sports Med 49: 349–356, 2015.
  4. Ishøi, L, Hölmich, P, Aagaard, P, Thorborg, K, Bandholm, T, and Serner, A. Effects of the Nordic Hamstring exercise on sprint capacity in male football players: a randomized controlled trial. J Sports Sci 36: 1663–1672, 2018.Available from: https://doi.org/10.1080/02640414.2017.1409609
  5. Kumagai, K, Abe, T, Brechue, WF, Ryushi, T, Takano, S, and Mizuno, M. Sprint performance is related to muscle fascicle length in male 100-m sprinters. J Appl Physiol 88: 811–816, 2000.
  6. Maroto-Izquierdo, S, García-López, D, Fernandez-Gonzalo, R, Moreira, OC, González-Gallego, J, and de Paz, JA. Skeletal muscle functional and structural adaptations after eccentric overload flywheel resistance training: a systematic review and meta-analysis. J Sci Med Sport 20: 943–951, 2017.Available from: http://dx.doi.org/10.1016/j.jsams.2017.03.004
  7. RIBEIRO-ALVARES, JOB, MARQUES, VB, VAZ, MA, and BARONI, BM. Four weeks of nordic hamstring exercise reduce muscle injury risk factors in young adults. J Strenght Cond Res 32: 1254–1262, 2018.
  8. Timmins, RG, Bourne, MN, Shield, AJ, Williams, MD, Lorenzen, C, and Opar, DA. Short biceps femoris fascicles and eccentric knee flexor weakness increase the risk of hamstring injury in elite football (soccer): A prospective cohort study. Br J Sports Med 50: 1524–1535, 2016.
  9. Timmins, RG, Ruddy, JD, Presland, J, Maniar, N, Shield, AJ, Williams, MD, et al. Architectural Changes of the Biceps Femoris Long Head after Concentric or Eccentric Training. Med Sci Sports Exerc 48: 499–508, 2016.

 

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