【第14回】特異的なトレーニングと基本的トレーニング。伸びしろから考える優先順位。

【専門性☆★★】

トレーニングには、3つの原理と5つの原則があります。今日はトレーニングの原理の1つ、「特異性の原理」についてです。

今回の内容

・その競技に必要な特異的な体力要素は?

・高めたい体力要素に対する特異的なトレーニング

・特異的vs基本的―伸びしろから考える優先順位

 

その競技に必要な特異的な体力要素は?

アスリートは多くの場合、競技練習とは別にトレーニングを行うことによって、その競技に必要な特定の体力要素(スピード、ジャンプ力、アジリティ等)を高める必要があります。(過去記事:競技で得られる体力≠競技に必要な体力 前編 後編
よくチームで行われている体力測定は、トレーニングによってこの体力が向上したかをチェックするために行っています。

この際、この特定の体力要素の設定を間違えてしまうと、大変無駄な時間を過ごしてしまいます。

Best of 間違いとしてよく挙げられるのは、

野球選手の1500~5000m走の測定

過度な有酸素持久力トレーニング

もしかしたら、なんでこれが無駄な時間なの?って、思う人がいるかもしれませんが、優れた野球選手には有酸素的持久力はそんなに必要ないってことは、競技特性を考えれば分かりますよね?
打球を遠くに飛ばす、速い球を投げる、速く走る、、、この能力は長距離走では鍛えられません。

いや、長い時間練習するのに持久力が必要なんだ。そんな意見も聞いたことがありますが、普通に競技練習の時間を徐々に長くしていけばその練習をこなす体力はつくと思います。てかそもそも5時間も6時間もぶっ続けで練習するのがナンセンスだと思いますが。

じゃあいったい特定の体力要素ってのはなんなんだ。それこそ根拠はあるのか。って思った人がいるかもしれませんが、それを明らかにする方法がいくつか考えられます。

① ゲームの特性を分析する

そもそもその競技がどのような競技か、またはどのような動きが勝利につながるか分析すればいいんです。
試合中の走行距離やスピードについて分析するとか、特定のスタッツ(バスケで言えばリバウンド数とか)と勝敗の関係を調べるとか。

② 優れた選手の体力要素の特徴を調べる

優れた選手がどのような体力特性をもっているかを調べるのも1つの手です。
優れた選手とそうでない選手(プロとアマチュア、スタメンとベンチメンバー、とか)に体力測定をやらせて比較するとか。

これらの方法が考えられますが、こんな単純なこと、メジャースポーツについてはもう過去にスポーツ科学者さんたちが調べちゃってるんですよね。

以前のブログにバスケの例は示しましたが、サッカーも、野球も、ラグビーも、調べればこんな情報すぐに出てきます。(だいたい英語ですけど…)

まずはそれらの情報を収集する。またはきちんと論理的に考えて、高めたい体力要素をセレクトしましょう。

 

高めたい体力要素に対する特異的なトレーニング

以前の記事で、多くの体力要素は「筋力、パワーがベースにある」と主張しました。
じゃあ筋力を高めるのが一番良い方法なのか?
そう問われると、それは一概にはハイとは言えません。

例えば、Rumpfさんら(2015)のレビュー論文では、過去に行われた、スプリントスピード向上のためのトレーニングについて調べてまとめられています。

ざっくりいうと、スプリントトレーニングと筋トレがスプリントスピードに与える影響の比較です。(他にもいろいろ調べていてすごく面白かったんですけど、ここでは割愛します。)

その結果を簡潔に示すと、よりスプリントスピードを高めたのは

スプリントトレーニング>筋トレ

でした。

まあそうですよね。
つけた筋力を使いこなせないと、スプリントのスピードは上がるはずがありません。

じゃあやっぱり足を速くしたいんだったら筋トレよりスプリントトレーニングだけやっていればいいじゃん。とはならないんですよ。

 

特異的vs基本的―伸びしろから考える優先順位

ここで「伸びしろから考える優先順位」を考えていきましょう。

例えば、国数英で3科目300点満点のテストがあるとして、
国語90点
数学90点
英語20点
だったとしたら、全体の点数を上げるには、英語をがんばるのが1番ですよね?

それは向上の余地が国、数が10点しかないのに対して、英語は80点もある。という伸びしろの余地に関してもそうですが、

国語90点→100点の10点と
英語20点→30点の10点だと、

後者の方が圧倒的に簡単だと思われます。

能力の向上というものは、その限界が近づけば近づくほど困難になります。逆に、限界から遠ければ遠いほど、向上はしやすくなります。これはおそらくスポーツに限らずどんな分野でも。

この
・伸びしろの余地
・向上のしやすさ

を考える必要があります。

実はさきほどのレビュー論文(Rumpf et al, 2015)で引用されている論文には、被験者にレクリエーションレベル被験者も多く含まれています。

なので
①現時点でのスピードの伸びしろ
②筋力・パワーの伸びしろ

はこんな感じだったのでは。

レクレベル

 

 

 

一方、球技スポーツや、陸上競技をやっていて、スプリントなんて何千、何万本もやってきた選手はこんな感じなのではないでしょうか。

競技レベル

競技の中で何回もスプリントを行っているので、伸びしろは小さいと思われます。専門的な指導をきちんと受けてれば改善する可能性もまだ残されていますが。

一方、「きちんとした」レジスタンストレーニング(≒筋トレ)指導をうけたことがなければ、筋力、パワーの伸びしろは大いにあります。

日本の高校・大学(むしろプロであっても)はこのような「筋力・パワーに伸びしろがある選手」がごまんといるように思われます。

一概には言えませんがパラレルスクワットの最大挙上重量が、170cmの人で、体重の1.8倍、190㎝の人で1.2倍程度も上がらないようであれば、伸びしろの塊としか言いようがありません。(超個人的見解です。もちろん、各セグメントの長さの影響など、個人差もあります。)

 

「でも筋力トレーニングやっても少ししかスピードは上がらなかったってさっきの研究でも言ってたやんけ!」と思われるかもしれませんが、筋力・パワーを向上させると、このようなことが起きると考えられます。

スプリントスピードの「伸びしろ」が上がるんです。

高いレベルで球技や陸上をやっていると、たぶんスプリントの伸びしろはほぼ限界に近いです。だったら限界を上げればいいじゃないですか。その方法が筋力・パワートレーニングなんです。そして自分が出せるスピードの限界を上げてあげた後に、スプリントトレーニングをやればいいんです。

実際、Mackalaさんら(2015)も、競技レベルが高いほど(自分のスプリントの伸びしろの天井に近いほど、と僕は解釈しています)、スプリントスピードと筋力・パワーの相関が強くなっていること(この図でいうと、赤の色塗りと青の色塗りが近くなっていること)を示していますしね。
言い換えると、「トップレベルの100mスプリンターなんてみんな自分の身体で出せる限界に近いスピードを出してるんで、身体自体を変えてやればいいじゃないか」ってことです。

 

まとめ

特異性の原理にしたがえば、スプリントスピードを高めるにはやっぱりスプリントトレーニングが必要。でもそれだけでいいのかと言われると微妙。

レクリエーションレベルの選手だと、まだまだその身体(筋力・パワー)で出せるスピードに伸びしろがあるんだから、スプリントしときなさいよ。と。

競技レベルの選手だと、スプリントなんて何千・何万本と走ってきたので、その身体(筋力・パワー)だともう限界近くまでいっているから、スプリントトレーニングでの伸びしろはそんなにないんじゃないか?
特に、筋力トレーニングを「きちんと」やってきていない選手はそっちの伸びしろがめちゃくちゃあるんだから、長期的に見ればそっちをがんばったほうが費用対効果(時間対効果)は高いんじゃないか。

です。

決して、「アスリートには筋力トレーニングが万能だ!」なんてことを言いたいわけではありません。
しかし、今の日本のスポーツ界では、まだまだ「筋力・パワーに伸びしろのあるアスリート」が多いのが現状です。スクワットを100㎏でやってるのを見て、「すげー」っていう人がいるくらいですもん。
だからこそ、筋力・パワーを中心としたトレーニングの専門家であるS&Cコーチ(ストレングス&コンディショニングコーチ)の需要(もしくは、潜在的な需要)があるんだと思います。

 

もちろん、スプリントトレーニング経験のないボディビルダー・パワーリフターに、「足が速くなりたい」って相談されたら、、、

これも先ほどの図をイメージしてもらえれば、何が必要か分かりますよね。

参考文献

M.C.Rumpf et al. The effect of different sprint training methods on sprint
performance over various distances: a brief review. Journal of Strength & Conditioning Research., Post Acceptance: October 17, 2015

K.Mackala et al. Selected Determinants of Acceleration in the 100m Sprint. Journal of Human Kinetics,45,2015

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