【第11回】力速度曲線から考える筋力とパワーの関係。小さい選手の生きる道(後編)
専門性【★★★】
前回のまとめ
・筋の収縮様式には
○コンセントリック(加速、ジャンプ)
○エキセントリック(減速、着地)
がある
・コンセントリック収縮には
パワー=力(筋力)×速度
という概念がある
・パワーの中にも
○高負荷×低速度のパワー(力速度曲線の右側)
○低負荷×高速度のパワー(力速度曲線の左側)
がある
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さて、今回はタイトルにある通り「小さい選手の生きる道」(特に球技スポーツ)について、以下の目次の順番で述べていこうと思います。
後編
・体重比筋力とパワー―身長の影響―
・ショートスプリントとロングスプリントの違い
・アジリティ
結論からいうと
小さい選手の生きる道(強み)は
・ショートスプリント
・アジリティ(素早さ・敏捷性)
です。
「いやいやそれは常識的にそうでしょ」
そう思われるかもしれないですが、なぜ小さい選手はそこが優れているのかを理論的に説明できますか?
それができなければ、その強みは最大限に発揮できません。
少し専門的な知識も交えながら、僕なりの理論を述べていきます。
体重比筋力とパワー ―身長の影響―
以前の記事で、「筋力」は「筋断面積」に依存するという内容を書きました。
一方、筋の収縮「速度」は筋の「長さ」に依存します。
このことから考えると、筋力はもちろん身体の大きな(身長が高く、体重の重い選手)選手が強くなりますが、体重比筋力(筋力/体重)は身体の小さな選手が大きくなります。
「???」って感じの内容ですが、簡便に説明しますね。
本当はこんなことはあり得ないんですけど、ある選手がいて、その選手の肩幅も身長も(内臓も頭も)全部2倍に引き伸ばしたとしましょう。
身長も横幅も2倍になると、表面積は4倍になりますよね?
ちなみに、筋力に寄与する筋断面積も理論上は4倍になります。
一方、体重というのは体積に依存するので、8倍になります。
ここで筋力が筋断面積とまったく比例するとしたら、
身長が2倍⇒
・筋力は4倍
・体重は8倍
つまり身長が大きいほど筋力/体重は落ちるということが考えられます。
もちろん各セグメント(腕や脚)の長さが変わるので、力を発揮するときのモーメントも変化するし、全部の組織が同じ割合で大きく、長くはならないんですけどね。
ちなみにスクワットの日本記録(日本パワーリフティング協会HP)でみてみると
59㎏級 195㎏ (3.3倍)
120㎏級 290㎏ (2.4倍)
HPには身長はのっていなかったのですが、59㎏級の選手と120㎏級の選手だと身長の差はだいぶあると思われます。
このことからも小さい選手のほうが発揮できる筋力/体重(SQ1RM)は大きいということは分かります。
一方、パワーについてはどうでしょうか?
身長が2倍
⇓
筋力は4倍
筋長は2倍=収縮速度は2倍
⇓
筋力×速度は8倍
(体重も8倍)
つまり、パワー/体重については身長が大きい、小さいで有利・不利はなさそうです。
しかし、前回の記事でパワーにも
・高負荷×低速度のパワー
・低負荷×高速度のパワー
があると説明しました。
これらのことから考えると
身長の小さい選手は、より最大筋力に近い
高負荷×低速度(力―速度曲線の右側)のパワー発揮が得意
身長の大きな選手は、より速度に依存する
低負荷×高速度(力―速度曲線の左側)のパワー発揮が得意
ということが推察されます。
そのことを把握したうで、ショートスプリント、ロングスプリントについても考察していきます。
ショートスプリントとロングスプリントの違い
ショートスプリントとロングスプリントですが、短距離走と長距離走というわけではありません。
・球技スポーツで頻発するような5m~10数m程度のスプリントはショートスプリント
・100m走のような長いスプリントはロングスプリント
と僕は定義しています。(きちんと定義している論文があれば教えてください)
ここで1度、2015年世界陸上100m決勝の動画をご覧ください。
ボルトが9.79で優勝ですって。
はやっ。
しかし、見てほしいのはそこではなく、最初の数十mが誰かってとこ。
2コース、奥から2人目の選手ですよね?
この人は世界陸上100m決勝、初のアジア人ファイナリスト、
蘇炳添(そへいてん)選手
身長:173cm
体重:66kg
(Wikipediaより)
身長、体重は2014年のデータですが、この動画の感じだと今はもうちょっと体重あるかもしれないですね。
一方ボルト選手は
身長:196㎝
体重:94kg
(Wikipediaより)
何がいいたいかというと、ショートスプリントとロングスプリントの違いです。
ショートスプリント・・・静止した状態から自分の体重を加速させる
ロングスプリント・・・ある程度スピードがのった状態からさらに加速する
こう考えると、
ショートスプリントのほうが相対的に
高負荷×低速度のパワー発揮が必要
→身長の小さな選手が有利
ロングスプリントのほうが相対的に
低負荷×高速度のパワー発揮が必要
→身長の大きな選手が有利
ちなみに、ロングスプリントになればなるほど、スプリントスピードに対してスクワット1RM(筋力)よりバウンディング(パワー)の相関が強くなるというデータもあります(K.Mackala et al,2015)。
そのため、身長の小さい蘇炳添選手は、序盤ではボルトよりも速かったのではないかと。(もちろん、ペース配分的にボルト選手が序盤でスピードを抑えていたという可能性も0ではありませんけどね)
噂では室伏選手も10mまではボルトより早いとか…
まあ彼の立幅跳びを見たらその噂も本当のような気がしますけど。
(彼は187㎝と身長もなかなかありますが、体重は99㎏もあり、その筋量で筋力/体重、高負荷×低速度のパワーを高くしているのでしょう)
アジリティ、方向転換スピード
アジリティ(≒方向転換スピード)はすごく複雑な分野なので、ここでは細かい説明は割愛させてもらいます。
ざっくりというと方向転換スピードを構成するのは
減速・停止+再加速(ショートスプリント)
です。
減速・停止時の筋活動は、エキセントリック収縮ですよね。
ここに収縮速度やパワーの概念は入ってきません。
そのため、減速・停止に関しては
筋力/体重 の大きな、身長の低い選手が有利です。
(他にも重心高、慣性の小ささ、モーメントアームの長さ等の影響はありますが、それらも有利に働く可能性があります)
そしてショートスプリントも身長の小さい選手が有利ですよね。
そのため方向転換には体格の小さな選手が有利だと考えられ、方向転換スピードと身長・体重との相関もいくつかの研究で報告されています(Chaouachi et al,2009; Hirose and Nakahori, 2015)。
まとめ、応用
小さな選手は大きな選手より
・ショートスプリント
・アジリティ(方向転換)
では有利!
ただ、あくまでも今回は
筋力/体重の面から考えてそう言える。ということです。
つまり小さい選手が大きな選手を圧倒するにはそのアドバンテージ(筋力/体重のポテンシャル)を活かしてしっかりトレーニングをやりましょう!ってこと。
「でもトレーニングやったら体重が増えて、筋力/体重は減っちゃうんじゃないの?」
そう疑問をもつことはなかなかセンスはありますが、大丈夫です。きちんとトレーニングを行えば、体重の増加を筋力の増加が上回るので。
むしろ体重も増えたほうがコンタクトも強くなれますしね。
今回はちょっと専門的な話になってしまいましたがアスリートのみなさんには伝わったでしょうか?
コメントにご意見・感想等をいただけたら次回以降に反映できるのでうれしいです。
参考文献:
Mackala et al. Selected Determinants of Acceleration in the 100m Sprint.Journal of Human Kinetics volume 45:2015
Chaouachi et al. LOWER LIMB MAXIMAL DYNAMIC STRENGTH AND AGILITY DETERMINANTS IN ELITE BASKETBALL. Journal of strength and conditioning research.23(5): 2009
Hirose and Nakahori. Age Differences in Change-of-Direction Performance and Its Subelements in Female Football Players. International Journal of Sports Physiology and Performance,10:2015
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